桜奇談

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美乃梨は、不意に目をさました。ちらりと時計を見ると5時半あたり。 午後からの仕事に出かけるまでには、かなり時間がある。 もう少し寝てもいいのだが、やけに頭がスッキリとしているので起きることにした。 ベッドを降りて窓を開けると白らみがかった空とそよ風が彼女を迎える。 春を迎えた街は、太陽のぬくもりも受けながら新たな予感に満ちているかのようだ。 美乃梨は、誘われるかのように散歩に出かけた。 閑静な住宅街をふらりふらりと歩む。 街は静けさに包まれ心地よい風が道路を流れていた。 美乃梨は、不思議なほど空虚な心で風景を見つめていた。 (こんな時間に散歩するなんて、初めてかも。) 彼女は、自分が風景に溶け込んでいるような感覚になった。 最近、頭の中で、ぐるぐる悩んでいることが浮かんで来る。 (頑張っては、いるのよね。) 頑張っても結果が伴わない。 努力すれば、必ず結果が付いてくるという訳ではない。 解っている。 努力の仕方、いわゆる方法も大切。 解っている。 それも含めて、色々やってはいる。 周りは、評価してくれている。 でも、自分の理想には届いてないと思う。 (答えがみえないなあ・・・。) 不意に桜の満開予報を思い出す。 (今日くらいだったかな)。 忙しい毎日で、記憶が曖昧だった。 意を決すると近くの公園に足を向ける。 数回、公園には行ったことがあるだけだが、桜並木があったことを記憶している。 この街に引っ越してから、まだ半年に満たない。 春を迎えるのは初めてなので、桜が咲いているのを見たことはなかった。 早朝なのか、美乃梨の他に公園に人気はなかった。 入り口に入ると、すぐに朝日に照られた桜並木が目に飛び込んできた。 木立は、輝く花びらに覆われ、そよ風に身を任せるかのように微かに揺れる。 花びらたちは、深々と降る雪のように舞い散り地面を覆っていく。 美乃梨は、ゆっくりと歩みを進める。 木々の下に身を寄せ、天を仰ぐ。 すると、枝という枝に桜の花が白い渦のように咲き乱れ、目もくらむほどに、霞んで見えた。 桜たちが、微笑みかけてくるようで、思いやりや優しいまなざしに包まれているかのような心地よさを感じた。 自分の幸せを祈ってくれているような、そんな気さえしてしまう。
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