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雑貨屋の前のベンチに座って荷物を下ろし一息つく。
雑貨屋の中では呼吸が浅くなっていた気がする。
自分のTシャツを摘まんで鼻元に寄せてみると、あの甘ったるいにおいがうっすらとしみついていて辟易した。
何回か深呼吸をして買っていた水でのどを潤すと少し気分がよくなった。
こんな匂い大っ嫌いだ。
思い出したのは、杏奈の部屋に最後に遊びに行った日のこと。
当時高2だった杏奈は、二人目の彼氏である年上の大学生と付き合い始めたばかりだった。
その日いつものようにノックをしてから杏奈の部屋に入ると、杏奈が見たこともないような大人っぽい恰好をして化粧をしているところだった。
肩の部分が大きく開いた黒いワンピースから、杏奈の白い鎖骨が見えてどぎまぎしたのを覚えている。
いつもと違う杏奈の姿に俺は動揺を隠しきれず、そしてなぜか気づけば口論になっていた。
それまで化粧に気を取られていた杏奈も次第に機嫌が悪くなっていった。
杏奈の眉間に刻まれた皺がどんどん深くなっていくことに気づいていたのに、俺は口論に拍車をかけて行くことしかできなかった。
そしてついに、杏奈の怒りは沸点を超えた。
「もういいよ、私が悪かった。」
唐突に杏奈に負けを宣言されたことにひどく動揺して、思わず俺は黙ってしまった。
杏奈は俺のほうを見ないまま香水を取り出し、手首にシュッと一吹きした。
小さな室内に、甘ったるい花の匂いが充満した。
「景にはまだ早い話だった。」
そう言って杏奈はショルダーバックを肩にかけ部屋を出ていった。
部屋に残されたのは、みじめな俺と、甘ったるい花の匂い。
しばらくしてようやく俺は理解した。
いつもなら決着がつくまでしゃべり倒す杏奈が、わざと自分の負けにして話を終わらせたことを。
杏奈が俺を子ども扱いしたことを。
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