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「景!」
よく通る声に驚いて、持っていたペットボトルから水がこぼれた。
慌てて顔を上げると、新たな紙袋を手にした杏奈がにやにやしながら歩み寄ってくるところだった。
「…随分と遅かったね。」
おかげで、余計なことを思い出してしまった。
俺の苦い心境を知る由もない彼女は、はつらつとした笑顔で紙袋を差し出した。
モヤリ、と心に灰色の雲がかかった。
「またかよ…一つくらい自分で持てよ。」
自分でもびっくりするほど冷たい声が出た。
しまった、と思ったがもう遅かった。
杏奈の顔から、花が散るように笑顔が消えた。
「…ごめん。疲れたよね。いっぱい振り回したし。」
ちがう、そうじゃない。
俺は今日の買い物がとても楽しかったのに。
「…今日はもう、帰ろっか。」
そう言って杏奈はぎこちなく笑った。
違う、そうじゃないんだ。
レモン色のワンピースから、微かに花が臭った。
そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
ただ杏奈の笑顔が見ていたかっただけなのに。
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