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 三年の教室の前を通り過ぎて生徒会室へ向かう。待ち合わせはいつもだいたいそこで、「なんで教室じゃないんですか?」と聞くと「別になんとなく」としか先輩は言わなかった。  流行は去ったであろう時期にインフルエンザに罹った委員長の代わりに、ジャンケンに負けて図書委員長代理として生徒総会の打合せに出た。上級生の中できょろきょろしてる一年生が目立ったのか、その日以来ときどき声をかけてくれるようになって、この頃は用事を言いつけられることもある。今日みたいに。  教室の引き戸とは違い、ドアノブのついた生徒会室の扉をさっきから三回ほどノックするけど、中から返事はない。きれいに磨かれたノブを右に回すと扉は開いて、こちらに背を向けて座っている人が目に入った。コホンとひとつ咳払いすると、それに返すように「遅い」と声がしてくるりと椅子が回転する。低めの声とは違いその表情は柔らかで、つられて頬が緩む。 「何か言うことは?」 「生徒会長をお待たせしてすみません。でした」  でした、でぺこりと頭を下げると、 「よくできました」  と椅子から立ち上がり、下げた頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。帰るか、とカバンを手にした先輩にハイと答えると「悪い、それ取って」と入り口の脇に掛けてある鍵を指さす。これもだいたいいつも通り。  職員室へ鍵を返し校舎を出ると、前の通りを大型のトラックが熱風とともに通り過ぎていった。 「委員長が許してくれたので、貸し出しカードは代わりに書きました。今回だけの特例です」  厚めの本と、装丁がきれいな薄い本の二冊を手渡すとぱらぱらとページをめくり「ありがと」。週のはじめ、昼休みに不意に教室へやってきた先輩から、『今月の図書だよりにあったお薦めの本、読んでみたいんだけど』と言われた。その日はあいにく二冊のうちの一冊が貸し出し中で、今日になって返却されていることがわかり三年の教室へ報告に行った。 「お礼にあそこの自販機で好きなもの一本」 「今日は、なんとなくアイスの気分です」 「暑いもんな。じゃあ、付き合っちゃお」  やった、とグーを握りつつ、 「お礼でごちそうしてもらうのに、それに本人が付き合うって変ですよ」  と言うと、いいんだよとまたしても髪をぐしゃっとつかまれる。同じことを委員長がしてきたら、たぶん全力で拒絶する。 「行くよ」とコンビニエンスストアへ入っていく背中を追いかけた。
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