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「えっと・・・、何?」
フロアの隅まで連れていかれた瑠依は、深刻そうな顔をしている颯斗に問いかけた。
「とりあえず、弁当ありがとう」
「そんなんいいから、早く言って」
瑠依は先を促したつもりだったが、颯斗は違う意味にとったようだった。
「ごめん、あのさ・・・、俺、明日から名古屋の支社に出張に行くんだ」
気まずそうな顔で言った。
「は?」
思わず表情が固まる。
「それはつまり、あの家からいなくなるってこと?」
攻めるような言い方になってしまった。
「一週間だけだよ。来週には帰ってくるからさ」
瑠依は抗議しようと口を開いた。
あの家において颯斗の役割は大きかった。
しかし颯斗の顔を見て気づいた。
一番つらいのは颯斗自身だ。
その顔を見ているうちに瑠依はいたたまれない気持ちになって、気づいたら口走っていた。
「俺が・・・、俺が家事とかやるから。あ、安心していって来いよな」
思った以上に大きな声で言っていたらしい。
フロアに残っていた数人が振り返った。
それでも瑠依は目をそらしてうつむいたりはしなかった。
颯斗の目をまっすぐに見つめて、颯斗の返答を待っていた。
その沈黙は何時間にも感じられた。
やっぱり、また理解されなかったのかと不安になってきたころ颯斗のつらそうな顔が一瞬にして崩れた。
「ありがとう。ありがとう。ごめん。ありがと・・・」
そう言っていた颯斗の顔は、泣いているようにも笑っているようにも見えたが、今の瑠依にはまだ理解できなかった。
瑠依は会社を出ると、その足でゲーセンへと向かった。
そこで一通り遊びつくすと外はもう薄暗くなっていた。
時間はあっという間に過ぎてゆく。
瑠依は家へ帰ることにした。
「まだ、直樹には言っていないんだ。瑠依から言っておいてくれるかな?」
颯斗はそう言っていた。
もしかしたら、そんなことなど知らない直樹が今も、誰もいない家の中で颯斗の帰りを待っているかもしれない。
「いや、それはないか・・・」
瑠依はため息をついた。
長い前髪をかき上げる、湿った風がふいて思い出した。
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