坂本直樹Ⅱ

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坂本直樹Ⅱ

直樹はキッチンから派手な音が鳴り響いたのに気付いて、慌てて目を向けた。 瑠依がまるで薪を割るかのように包丁を振り下ろしていた。 このまま、瑠依に包丁を持たせていたらキッチンは崩壊するかもしれない。 そう思った直樹は手遅れにならないうちに瑠依を止めに入った。 「おい瑠依、ちょっと待てよ」 瑠依は丁度、皮も向いていないニンジンを割っているところだった。 その横には一部が少し欠けている玉ねぎ。 いったい何があったのだろうか。 瑠依が冷ややかな目を向けてくる。 だが、直樹はそれに負けないように言った。 「おまえさ、包丁使ったことあるの?」 案の定、瑠依は静かに首を左右に振る。 予想していた結果だった。 「貸してよ。僕がやるよ」 しかし、瑠依はまたもや首を左右に振った。 「なんでだよ?今更・・・」 一緒に住み始めて二年、一度だって家事をしなかった瑠依が。 そう言いかけてから、気づいた。 「そういや今日、颯斗は?」 「帰ってこないよ」 返事を用意していたかのように瑠依が即答した。 直樹は首をかしげた。 「残業かな?ところでなんで瑠依がそんなこと知ってるの?」 それを聞いた瑠依はウソがばれた子供のように顔を赤らめた。 「弁当を・・・」 それから先の言葉は声が小さすぎて聞き取れなかった。 「ん?なんて?」 「別に何でもないし」 なんでもよくはないだろう。 そう思った直樹だったがそれ以上追及するのはやめておいた。 変に瑠依を怒らせたら後が怖い。 それは経験からわかっていた。 「まあいいよ。やりたいんだろ。やんなよ!ただ怪我したって僕は知らないからね」 またもや医者としてあるまじき発言だった。 瑠依もそう思ったらしく 「あんた、医者だろ?」 と冷たい視線を向けてきた。 それからしばらく瑠依は包丁と食材と、格闘していたようだった。 しかし直樹はそんなことよりも、先日見つけたウェブサイトに夢中だった。 それは最先端の3Dホログラムを使った、イルミネーションを紹介しているサイトだった。 現実世界では不可能な魔法のように飛び回るイルミネーション。 その映像に直樹は目を引かれた。 中でも赤い光の筋が軌跡を残しながら、星の出る夜空を飛び回る様は、さながら人間の体に張り巡らされている血管のようだった。
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