坂本直樹 I

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女性に口だけのお礼を言ってから、直樹は女性の家を出た。 そして、大急ぎで病院へ向かう。 直樹が勤めている病院は都内、一、二を争う大病院だ。 病院の近くまで行くと大きくて背の高い白い建物が見えた。 あれこそが直樹の勤めている病院だった。 直樹は大急ぎでエントランスを突っ切ると院長室へ向かう。 正直言うと、首になるのは慣れっこだった。 今までに何度、同じような理由で首になってきたか。 院長室をノックすると相手の返事を待たずに重々しい扉を開けた。 院長は少し頭がはげかかってきた五十過ぎの男性だ。 院長は私服姿の直樹を見ると開口一番。 「直樹君じゃないか。どこに行っていたんだ。直樹君がいないと知って、病院総出で探し回っていたんだ」 「なんですって?」 予想外の反応に直樹は聞き返す。 さらに院長は言う。 「よかったよかった。君が受け持っている患者のオペは来週に変更してもらったから、安心しなさい。仕事熱心な直樹君のことだ。なんか重要なようでもあったのだろう?」 居眠りしていた挙句、女につられて遅れたとはとても言えなかった。 「あの、ありがとうございます」 そう、思わず本心から口走ってから、ふと思った。 そういえば、前にもこんな展開を見たことがある。 確か、一か月前のことだった。 繁華街で逆ナンしてきた女に釣られて、院長からのメールを無視したことがあったのだ。 本来なら問答無用で首になるはずなのだった。 しかし、首にならなかったのはなぜなのだろう? 直樹は真顔でそんなことを考えた。 「じゃあ、来週はよろしくね。期待しているよ。あのオペができるのはこの病院でも君だけなんだからな」 その答えを前にいた院長がさらっと言った。 「え?そうなの?」 敬語を使うのも忘れて、直樹は問いかけた。 しかし院長は嫌な顔ひとつせずに、笑った。 「あたりまえだよ。そもそも、直樹君は次の院長候補じゃないか」 直樹は適当な返事をしてから、大急ぎで院長室を出た。 ありえない言葉を聞いて呆然としていた。
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