21人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ
女性に口だけのお礼を言ってから、直樹は女性の家を出た。
そして、大急ぎで病院へ向かう。
直樹が勤めている病院は都内、一、二を争う大病院だ。
病院の近くまで行くと大きくて背の高い白い建物が見えた。
あれこそが直樹の勤めている病院だった。
直樹は大急ぎでエントランスを突っ切ると院長室へ向かう。
正直言うと、首になるのは慣れっこだった。
今までに何度、同じような理由で首になってきたか。
院長室をノックすると相手の返事を待たずに重々しい扉を開けた。
院長は少し頭がはげかかってきた五十過ぎの男性だ。
院長は私服姿の直樹を見ると開口一番。
「直樹君じゃないか。どこに行っていたんだ。直樹君がいないと知って、病院総出で探し回っていたんだ」
「なんですって?」
予想外の反応に直樹は聞き返す。
さらに院長は言う。
「よかったよかった。君が受け持っている患者のオペは来週に変更してもらったから、安心しなさい。仕事熱心な直樹君のことだ。なんか重要なようでもあったのだろう?」
居眠りしていた挙句、女につられて遅れたとはとても言えなかった。
「あの、ありがとうございます」
そう、思わず本心から口走ってから、ふと思った。
そういえば、前にもこんな展開を見たことがある。
確か、一か月前のことだった。
繁華街で逆ナンしてきた女に釣られて、院長からのメールを無視したことがあったのだ。
本来なら問答無用で首になるはずなのだった。
しかし、首にならなかったのはなぜなのだろう?
直樹は真顔でそんなことを考えた。
「じゃあ、来週はよろしくね。期待しているよ。あのオペができるのはこの病院でも君だけなんだからな」
その答えを前にいた院長がさらっと言った。
「え?そうなの?」
敬語を使うのも忘れて、直樹は問いかけた。
しかし院長は嫌な顔ひとつせずに、笑った。
「あたりまえだよ。そもそも、直樹君は次の院長候補じゃないか」
直樹は適当な返事をしてから、大急ぎで院長室を出た。
ありえない言葉を聞いて呆然としていた。
最初のコメントを投稿しよう!