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金森颯斗Ⅰ
颯斗は食器を洗いながらため息をついた。
直樹がこんなに遅く帰ってくるのはいつものことのような気がするが、今夜はすき焼きだと朝、家を出ていく前に言ったはずなのだ。
すでに昨日になってしまった出来事を思い出しながら、もう一度ため息をつく。
何か急な仕事でも入ったのだろうか?
それとも・・・。
颯斗は直樹の趣味を思い出した。
いつになっても治らないあの女たらし。
一度病院にでも連れて行ったほうがいいのだろうか?
冗談でもなくそんなことを考えた。
ふと時計を見るともう四時を過ぎていた。
颯斗は寝ることをあきらめると、会社に行く支度を始める。
颯斗の会社は絵に描いたようなブラック企業で、昨夜家の用事を理由に置いてきた仕事を朝早く片付けなければならない。
そういうわけで始発出勤だ。
颯斗は夕食の片付けのついでに朝食を作ると、書置きとともに机の上にセッティングした。
出かけようとしたとき、
「どこ行くの?」
と階段の上から声をかけられた。
瑠依だった。
「まだ起きてたの?」
声を潜めて聞いた。
瑠依が言う。
「うん。さっき竜の討伐戦が終わったから」
ゲームの話だろうか?
よくわからないままそうなんだと答えておいた。
そんな颯斗を見て瑠依がさらに言った。
「直樹はさ、何も知らないんだよ。昨日だって颯斗がすき焼きのために残業切り上げて早く帰ってきてくれたのに。ちゃんと言わないとだめだよ、直樹には」
そういうところはするどい瑠依だった。
昨日、そんな会話をした覚えはない。
働いたことないのに会社のことはわかるのか?
そう問いたかったが、時間もなかったので
「まあ、いずれね」
と答えておいた。
あきれ顔の瑠依に
「朝食作っておいたからね」
と声をかけると颯斗は家を出た。
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