亡くなったDJに対する僕なりの追悼

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 携帯を見ると、大量の着信。私を絶賛する声が聞こえる。すべて無視しよう。今日は、すべてを無視しよう。熱烈なファンだろうが、私を成功に導いた親愛なるスタッフだろうが、尊敬する恩師だろうが、愛すべき家族だろうが関係ない。今日、私は一人なのだ。この興奮、充足感、幸福感は私だけのものなのだ。決して、共有などしてたまるものか。決して、共有などできるものか。私は、片足でビートを刻んだ。一小節の後、私の意識は、再びライブ会場へと戻る。地平を埋め尽くす観客たち、私を包み込む空気の振動、満天の青空。心地よい風が吹いた。 一音目、一番最初のサウンドですべてが決まる。この一音を発するときだけ、私はいつもナーバスになる。とてもストレスのかかる瞬間だ。何年たっても、この瞬間だけは慣れることがない。  ついに、一音目が発せられた。地面が震える。地面が揺れる。私の瞳の焦点位置が何度も切り替わる。成功した。今日は、人生最高のライブになる。神が世界を創造したとき、きっとこれに似た気分だったに違いない。違いないのだ。そこからは、完全にトリップ状態のハイな気分が続く。私の一生が凝縮されたようだ。 気づくと、太陽は姿を隠し、夜になっていた。夜風が心 地よい。ライブは収束に向かう。曲調は、わずかに落ち着いたものになるが、その内に秘めたるは、凶暴な麻薬作用。依存性のある悪性の薬物である。曲の訴えかける悲壮が、前半の激しい歓喜と対をなし、互いを強調、心深くまでハイな気分を浸透させる。これが消え、正気に戻るには何日もかかる。いや、完全に消滅させることは一生不可能なのかもしれないな。 ホテルの一室。  私は現実に戻る。我に返る。 「今日は、いいライブだった」  また着信が入り、震え続ける携帯を手に取り、ゆっくりと電源を切る。おとなしくなった携帯を私は見つめる。黒色の画面に私の顔が反射する。私は私を見つめ、携帯を握りしめる。 「今日は、いいライブだった」  私は、携帯を壁に投げつけた。衝撃により、携帯の画面が蜘蛛の巣状に割れ、転がり落ちるのを見届ける。     
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