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―私が13歳の頃、母が死んだ。
女手ひとつで私を育ててくれた、私の唯一の家族。私を育てるために昼夜を問わず母は働き、そして身体を壊してしまった。
それでも母はいつも笑顔でいてくれた。それは入院してからも変わることはなかった。桜が大好きで、見舞いに行くときに拾った桜の花びらを持っていくと決まって「今年の桜は一段と綺麗ね。」と笑ってくれた。
そんな母から笑顔が消えるのは、あの男のことを思い出した時。一緒に会社を立ち上げると言ってその友人に騙され、借金を作って私たちを捨てたバカな男。あの男のせいで私たちの生活は滅茶苦茶になった。あの男のせいで母は身体を壊したし、恐い人たちが取り立てにくるから私と母は住み慣れた家を引っ越さなければならなかった。悪いのは全部あの男なんだ。だから私はあの男のことが嫌いだ。
母とあの男の話をしなくなってから、私はあの男の顔を思い出すこともなくなり、どんな顔なのかすら忘れてしまった。でも、1つだけ覚えている約束がある。
「全部終わったらあの桜の木の下に迎えにくるから…そうしたらまた3人で一緒に暮らそうな…。」
あの日、家を出ていく間際に確かにあの男は私にそう言った。
それから月日が流れ、私は18歳になっていた。
高校は昔家族3人で暮らしていたアパートの近くの学校にした。別に今更何かを期待したわけじゃなかったけど、高校に入学したばかりの頃、通学路の途中にある堤防の、桜並木のうちの一本の桜の木の下で、一人座り込むホームレスの姿を見かけた。
声をかけたことはない。でも、そのホームレスは何故か毎年桜の花が咲く頃になると、その桜の木の下に座っていた。まるで誰かを待っているかのように。
私はその人が誰なのかとっくにわかっていた。
でもどうしても踏ん切りがつかず、ずっと声をかけられずにいた。でも私は今年で高校を卒業して、数日後には大学に通うために東京へ引っ越す。
今年がきっと最後のチャンスだ。
母が死の間際に私に託した約束を叶える、最後のチャンス。
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