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持てる財産も、殆どを妻に預けた。
「僕が帰らない時には、これで生きて行ってくれ。済まない」、彼は妻を抱き締めて詫びた。
「上海はまだ自由だ。芳子を守ってやりたいんだよ」
妻も同意してくれたこの事を、芳子には内緒にしていた。
再び芳子が父に帰国を促したその夜、五條子爵が怖れていた惨劇が遂に起こった。
宿舎に与えられていた洋館に、逃げ腰の外務省に不満を持つ三人の軍人が押し入った。
上海は決して治安のよい処ではない。
「暴漢の仕業で片が付く。憲兵隊には、柳原大尉が鼻薬を嗅がせてあるから大丈夫だ。我々は、速やかに国賊を排除する」
まだ若い下士官が、冷たい声で告げると銃を父に突きつけた。
引き金に指が掛かる。
「女は如何する。一緒に殺すのか」
三人が芳子を見て、獣欲を顔に滲ませた。
「楽しんでからでも、遅くは無いな。この雌犬を軟弱な奴らの見せしめにしてやろうじゃ無いか」
「租界の中国男の情婦に成り下がった、薄汚い売春婦だ。帝国陸軍の栄えある大尉殿の顔を潰した女には、天誅が必要だからな」
芳子の髪を掴むと、ソファーまで引き摺って行き、押し倒して馬乗りになった。
「お前が車の中で、厳恒輝と何をして居たか俺達は知ってるんだぞッ。この売女がッ」
男が手を振り上げて、芳子の顔を容赦なく二度三度と打った。
悲鳴を上げる芳子の唇が切れて、血がにじむ。
芳子の悲鳴と血が、男のどす黒い獣欲を更に煽った。
「良く見ておけ、国賊。お前の非国民の娘が仕置きされるところをなッ」
五條子爵に銃口を突き付けたまま、暴行が見える処まで引き摺って行った。
「頼む。娘を放してやってくれ」
涙を流して、父は懇願した。
男たちが卑猥な笑い声を立てる。
芳子の両手首を左手で掴むと、空いている右手でブラウスを引き千切った。
「やめてぇぇぇ」
すすり泣く声と、くぐもった悲鳴。
「もっと泣けッ、この雌犬め」
男の顔が、欲望に醜く引き攣れる。
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