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「舌なんか噛ませないぞ」
舌を咬もうとした芳子の顔を掴むと、引き千切ったブラウスの布切れを口の中に押し込んだ。
涙で濡れてくぐもった悲鳴を上げ続ける芳子を、男は更に何度も殴った。
意識が薄れていく。
「芳子おぉぉぉ~・・」
父の哀しい叫びが、薄れていく意識の中で聞こえた。
「あぁぁ、お父様・・」
やがて芳子の意識は、暗い闇の中に沈んで行った。
優しい手が、芳子を抱き起した。
誰かの胸に抱きしめられて、名前を呼ばれている。
「大丈夫だ、奴らは始末したよ」
髪をなでながら、大きな温かい手が顔を包んだ。切れた唇にそっと触れる指の感触。
厳恒輝は、殴られた衝撃で意識がハッキリとしない芳子を、包む様に腕に抱きあげて襲撃現場から運び出した。
間一髪だった。
大事な女だから、見張りを付けて置いたのが幸いした。
用心棒に雇ったのは、手荒な作業も平気でこなす危ない連中だが、金次第で何でもしてくれる。
飛び込んで助けてくれた謝礼は高いが、芳子の無事に代えられるものなど無い。
「良かった」
厳恒輝は腕の中でまた気を失った芳子を抱き締めると、蘇州の別荘に行くように運転手に命じた。
知らせを受けて駆け付ける間も、車の中で歯ぎしりするほどの焦燥に駆られた。
「無理矢理にでも、妻にするのだった」
五條子爵の屋敷に飛び込んでいって、ソファーの上の芳子を見た時には、目の前が真っ赤に染まった。
「旦那様、お嬢様はご無事ですよ。襲った方は無事じゃ無いですがねぇ」
床に転がる日本軍の軍人の死体を足で蹴ると、雇った男の一人が冷たく笑った。
五條子爵が蒼ざめた顔で、礼を言う。
「ここまで軍の腐敗が進んでいるとは、私の予想が甘かった。如何にかして、娘を此処から出してやらねばならん」
苦しそうに呟く声が、もう策がないことを物語っている。
「一緒に来てください。お話ししたいことが在る」
蘇州の別荘に着くと、女中に芳子を預けて五條子爵を書斎に連れて行った。
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