第三話  龍の乙女

15/20
前へ
/157ページ
次へ
 第二章  悠久の時  1・  満月の夜。  白い月光に照らされた、龍神の泉のほとりに設えられた祭壇の前。  敷かれた薄縁の上で、父と兄の祝詞を奏上する声に包まれて、竜神の巫女姫は巫女装束を脱ぎ捨た。  白浄衣のみを身につけた姿で、泉に足を踏み入れる。  そのまま更に泉に入って、静かに冷たい霊水に身を浸した。  月の光が水面の上で、銀と金にきらきら揺れる。  ザァーッと、風に木の葉がざわめく音。  祭壇の横に焚かれた香炉から、絶え間なく強い白檀の香りが立ち昇る。  その匂い立つような香気に誘われて、凛子の身体の中で眠っていた黒龍が目覚めた。  身体中が粟立つ様な、身の内から出ようとする黒龍に引き裂かれそうになる感覚。  其れを押しとどめて、凛子を包んで護るのは背中に輝く龍だ。  水の中で白浄衣を脱いだ。  月光を受けて白く輝く、水面に漂う衣。  其の衣にも負けない凛子の裸身が月光に浮かび上がる。  「隅に用意した床机から動かず、座って見ておられるだけならば、臨席なさるのも宜しかろう」、沙織お祖母ちゃんの口添えをもらい、凛子の父に同席を許された恒星は、その神事を息をつめて見守っていた。  そして少し離れた場所にも、鎮守の森の価値を見せる為に、凛子が竜崎翔を招いて座らせていた。  「美しい」、その神秘に見惚れた翔の口から、思わず声が漏れた。  その時、赤々と焚かれた篝火が更に燃え上り、グッワアッと烈しく火の粉を噴いた。  泉の水が激しく波立つ。  水が渦まくその中心に立ち、天空の月に向かって両手を差し伸べる凛子。  その手と腕から滴る泉の水が、キラキラと鋭利なガラスの輝きを放った。  「もう直ぐです」  凛子の父が、恒星に低い声を掛けた。  凛子の身体が月光に包まれて、不思議な蒼い輝きを放ち始める。  目を瞑って、何かに耐えるような凛子の身体。その時、父と兄が息をのむ気配がした。  背中の龍がひときわ蒼く光ると、ずるッと動いたように見える。宝玉をその爪に掴み、天に駆け上がろうとする項羽の龍。
/157ページ

最初のコメントを投稿しよう!

194人が本棚に入れています
本棚に追加