第三話  龍の乙女

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 夢の中のジュリエットと違って、容赦がない幽霊に脅えが奔る。  {ほらー、さっさと外に出るのよ。ボケボケしなさんな}  引っ張られる様に、外に引き摺り出された私は、恐るべき超常現象にただもう震えるばかり。  この森は血で穢れたから、霊も妖怪も暴れたい放題らしいと気付いたのだ。  と言う事は、鎮魂したはずの黒龍だって戻ってこれる。  【凛子ちゃん、早くしないとあのヒトが行っちゃうよ。勇気は何処に遣ったんだ】  夢の中では優しい香西昇の声だったのに。  頭の中に響き渡った拓光臣の迫力満点の声に、怯えはマックス!・・  大慌てで恒星の後を追って走った。  「待って、ねぇー待ってよぉー」  もう必死だった。  山道を降りながら、恒星はガッカリしていた。  「貴方の側に居たい」、と言わせるまであと一歩だと確信していたのに!  昨夜の弱々しいセイラで居るうちに、無理やりにでも自分のものにして置かなかった愚かな自分に腹が立つ。  「こうなったら、最初の予定通りロッキー山脈の屋敷に誘拐して、半年は閉じ込めて遣る」、覚悟も新たに山道を歩いていたが、何となくセイラが追って来るような気がして振り向いた。  そんな彼の眼に、必死で彼を追って山道を駆け下りて来るセイラの姿が目に飛び込んでくる。  呼び止めるセイラの声が、山の木々に響き渡る。  すぐそばまで走り寄ったセイラが、木の根に足を取られて空を飛ぶ。慌てて広げた恒星の腕の中に、飛び込んで抱き締められた。  「待って。一緒に連れていってよ、独りは恐いんだからぁ」  語尾がおかしい気はしたが、気にしてはいられない。  遂に捕まえたのだ!  「仕事は止めるね」、髪に顔をうずめるとそっと確かめる様に聞いた。  頷くと、胸に顔を埋めてコロンの匂いを嗅ぐ。  「とりあえず、今はこのままで居よう。そのうちにまた、面白いお仕事に巡り合うかも知れないんだから」、往生際が悪いセイラの独り言だった。  セイラは恒星が好きだ。  だから恒星の手を引いて、龍神のいで湯に誘い込む。 (あそこで思いっ切り、恒星を誘惑して遣る!ワタシを諦めるなんて、二度と言わせないんだから!!)  まさか竜神の怒りに触れて、恒星の子供を身籠る羽目になるとは、思ってもみなかったのだ。              ・とんだ大失敗だった・
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