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腕の中で、「抱いて」と囁いた。
身体が熱く火照った。
柔らかに薫る芳子の身体を抱き寄せて、再び深いキスをした。
その時だった。
「始末して遣る」
テラスの端から聞こえた冷たい声に身構えると、芳子を脇に退かせ侵入者から庇った。
暗がりから躍り出た人影が、銃を構えて恒輝に狙いを付けると、発砲した。
一瞬の出来事。
それは恒輝の胸を貫くはずだった。
だが気付いた時には、胸の中に何故か芳子が居た。
男は音を聞きつけて駆けよって来た厳家の家人を避けて、闇の中に逃げ去って消えた。
{無事でよかったと囁くと、芳子は微笑んで、それから頽れた}、と乱れた字で記されたページ。
インクが所々、滲んでいる。
芳子は柳原大尉が、何もせずに自分達を赦すとは思っていなかった。
誇り高く、そして執念深いかつての許婚がどんな行動に出るか、知っていたのだ。
「私の身体を汚せと命じたくらいだもの。何でもやるに違いない」
そう思っていたからこそ、命が尽きた時にその身が恒輝のものだ、という印が欲しかった。
「・私を・・上海の・海に・・いつかあなたの・・もとへ・」
それが最後だった。
背中に広がる血に愕然としたまま、芳子を抱きしめて離せなかった。
「厳家(項羽の龍)の紋章をかすめて、背中を撃たれた」、と記した恒輝。
その日記は、最後のページに数行の記述を残して終わっていた。
ファンファンを殺した男はそのまま逃げ去って行ったが、未来永劫、決して許さないと恒輝は誓っていた。
そして最後の一文が、金のインクで記されていた。
「いつか必ず、ファンファンは私のもとに帰って来る。カナダに着いたら、屋敷の中にあの寝室を作って彼女を待とう」
「きっと、【項羽の龍】がファンファンを僕のところに連れて来てくれる。その為の刺青なのだから」
- 日記はそこで終わっていた。ー
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