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芳子の望んだとおりに、カナダに旅立つ前に上海の海に芳子を葬った。涙が止めどもなく流れて、それでも哀しみは癒えなかった。
大叔父は芳子の最後の言葉を頼りに、死が訪れるまでファンファンを待ったが、彼女は戻っては来なかった。
恒輝は、終生独身を通した。年老いた大叔父が、<ファンファンの部屋>と名付けた部屋で一人、思い出に浸っていた寂しい姿を恒星は忘れない。
大叔父の無念を想い、恒星は五年前に蘇州に別荘を買うと、<ファンファンの部屋>と同じものを作った。いつかファンファンが、項羽の龍に導かれて帰ってくる・・その日の為に。
だから<項羽の龍>を身に纏う、あの山田恵子という女の事を徹底的に調べた。
恒輝はカナダに定住すると、終戦を待って直ぐに約束通り五條子爵の行方を探したが、遂に見つけ出すことは出来なかった。東京は焼け野原に為っており、五條子爵家の屋敷も空襲で跡形も無く焼け落ちていた。華族制度は廃止になり、多くの華族が没落の一途をたどった時代だった。
混沌とした敗戦国の中に埋没していく華族の影が揺れる、そんな時代背景の中で遂に探しだせなかった芳子の家族たち。
(もしかしたら山田恵子は、芳子の妹に関係した女かと期待したのだが!)
残念ながら山田恵子は、五條家の遠縁でさえなかった。
それでも、やはり身に纏った<項羽の龍>の気配は気になる。
・・・そして今。
恒星が気にしているのは、久しぶりに会った麗佳の夫で親友の谷崎隼人。彼の気に巣食った黒く醜い染みだった。以前は美しい乳白色に輝いていた気が、薄黒い虫食いに所々蝕まれている。
麗佳の暴行事件のほかにも、何か隠している秘密がありそうだった。
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