第一話  蘇州夜曲

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 4・  厳恒星が、大叔父のカビの生えた恋愛話に浸っている頃。  ワタシは厳グループに刺さった棘を抜く作業に、早速取り掛かっていた。  『女を甚振って、動画に撮る』というのは、小さいが微妙な毒が塗られた危険な棘だ。  谷崎夫婦に刺さった棘は、速やかに抜かねば化膿する。  これは強面のパパゲーノのお仕事だ。  役員室で盗み聞いた麗佳の話しの裏を取る必要がある。信憑性を確かめるのが、何よりも先だろう。  「パパ、出番だ」  一言で通話を切った。  その夜、早速に例の焼き鳥屋の隠し部屋でパパと打ち合わせに入った。  「ほぉ、極東連合会の島崎がソンナことをなぁ」、パパゲーノはボンジリの串をかじって呟くと、焼酎を流し込む。  「オヤジ、ネギマとカワもくれ」  暖簾から顔を出した店主に、遠慮のない声を掛けた。  「でもさぁ、麗佳は超セレブマダムだよ。島崎の奴、如何やって知り合ったんだろう」  そこが疑問だった。  そりゃあ極道の中には、良い男も居ない訳じゃ無い。眼つきの鋭い、整った冷たい顔立ちに、気合の入った身体を見てぞっこん惚れ込むホステスも少なくはない。  でも言わせてもらっちゃ悪いが、島崎の容貌はブタクサである。  もっとも奴は、根性もブタクサだが!  どんな劣悪な環境にも適応し、条件がそろえば何処までも繁殖してのさばる。  最初はけち臭いはぐれ者の集団に過ぎなかった極東連合会を、一端の指定暴力団に育て上げた。  今や中国マフィアの下請けを足掛かりに、広域暴力団を目指して拡大中だ。  「やっぱそこは、誘拐したんじゃねぇのかなぁ。セレブ様御用達の高級でお上品な場所にいる島崎なんか、想像もできねぇぜ」  今朝の話の中に出て来た単語が、いきなり目の前に浮かんだ。  恒星が麗佳に言った言葉。  「何故そこで、カードテーブルに座った」、怒った顔で「スイスのサナトリウムに行って来い」と、怒鳴ったのだ。(勿論、上海語で)
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