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その北京語が話せる下っ端の私に、秘書室長が厭な役目を押し付けたのだ。
「あなたは北京語が話せるから、恒星様のご命令が理解出来るでしょう」
背が高く冷たい風貌、恒星氏の信任熱い威圧感がタップリの四十代半ばの男。
それが秘書室長の堤文雄だ。(人呼んで、メデューサの文雄)
鋼の様なひと睨みで泣く子も黙らせる男は、弱い者いじめなどは日常茶飯事。
しかも、厳恒星の顔も碌に知らない私にふるなんて。
半年の間に恒星の姿を見たのは、わずかに三回。それも目の前を通り過ぎただけの顔見知り。これはあまりに横暴だ。パワハラだ!
情報が取れるからお仕事上は大歓迎だが、顔には怯えを貼り付けて泣いておいた。
「何人分ですか」、怯えている私を冷たく睨み付け、四人分だと指示した。
苛立たしそうな声が降ってくる。「グズグズしないで用意しなさい」、目の前で給湯室を指さした。
厭そうな素振りを装って、給湯室に向かった。
ワゴンに紅茶のカップとティーポットを乗せて、ノックの後で役員室へ入る。
案の定、役員室の中に居たのは恒星と谷崎隼人、東京オフィスの責任者の厳曹鳴だ。
そして予想外の存在が、泣いている麗佳。
谷崎隼人が、その身体を抱き締めて慰めているらしい。
首をひねる様な展開だが、面白い。
恒星が怒りを鎮めようと、見事な景観が広がる壁一面のガラス窓に歩み寄った。
こめかみに青筋が浮いている。
ワゴンの上で紅茶を淹れ乍ら、そっと四人の様子を窺った。
私を牽制するように、「サッサとお茶を入れて下がれ」、と振り返った恒星が北京語で命じた。
「解らないふりは止せ。僕のオフィスで使う人間の事は顔から名前、その他の全部を把握している」
「お前は北京語と英語が話せるはずだ」
恐れ入りました。
手早く紅茶を注ぐワタシを見ていたが、また視線を妹の麗佳に戻した。
麗佳は私と幾つも違わない歳だが、華奢な美人で、繊細なドレスデンの陶器の人形を思わせる。
男の保護本能を刺激するタイプだ。
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