桜の美しさを思い出す

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 ――あなたに話したいことがある、と幸美{ゆきみ}そう返事をした。  行きつけのレストラン。馴染みの窓際の席。いつもは食事と談話だけでデートを終えていたが、今日だけは違っていた。  僕は彼女に、プロポーズをするつもりだった。  藍色の天鵞絨の指輪ケースをそっと差し出し、「君とずっと一緒にいたい。結婚しよう」と何度も練習したセリフを口にした途端。  それまで笑っていた彼女の顔はいっさいの熱を失くし、冷えて固まった。  闇色の瞳を伏せ、テーブルに置いた手を固く握りしめて、幸美は口を開いた。とても――辛そうに。 「……一衛{かずえ}さん」  掠れた声で僕を呼ぶ。 「あなたに話したいことがあるの」  幸美は『唄桜{うたざくら}公園』に行こうと提案した。そこは地域で有名な、桜の名所だった。
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