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広い大学の敷地内。
大きな楠の木の下に設置されているベンチに座り、三園は大きく息をついた。
「何?話って。」
のほほんとした天馬の声。
「飲む?」と眼の前に差し出された缶コーヒーを受け取り、ゆっくりと口を開く。
「さっきの続き。」
「さっき?……あぁ、千田のこと?」
無言で頷く…そのいつもとどこか様子が違う三園に、八嶋は首を傾げた。
「『千田も』って言ってたろ。だいたい、俺が風邪だったって、千田から聞いたのか?」
「うん…千田の家で熱出したんでしょ?千田も講義に顔出さないから、看病してて移ったのかなって…違うの?」
三園に渡したものと同じ缶コーヒーのプルタブを開けながら八嶋も座る。
「あ、あぁ…そうだけど」と答えるも、どうしても少し歯切れが悪くなってしまった。
「今日も休みみたいだし、三園菌ってよほど強いんだね。」
「人をバイキン扱いすんじゃねぇよ」
笑いを含んだ声で言われ、三園は苦笑した。
なるほど、だいたい理解した。
つまりあの野郎は俺を拉致った後に天馬に連絡し、周りが騒がないようにしてやがったのか。
しかも誰かが俺のアパートに来ないように、自分ちで看病してることにした…と。
用意周到というか…根回し良すぎんだろ。
「チッ…」
「え?なんで舌打ち?」
思わず漏れた小さな舌打ちは、直ぐ側にいた八島には聞こえてしまったらしい。
キョトンとした顔で問われ、三園は少し焦った。
「わりぃ…ちょっと千田にムカついた。」
「なんで?看病してくれたんじゃないの?」
「あー…何と言うか、色々複雑なんだよ。」
「ふーん…まぁ何かあればいつでも聞くよ?」
「ん、サンキューな」
言葉を濁せば、それ以上は踏み込んでこない。
八嶋のこの絶妙な距離感にホッとする。
「…………………」
黙って空を見上げる。
爽やかな風で木の葉が揺れ、名前も知らない鳥が囀りながら飛んでいる。そのまま残りのコーヒーを飲み干せば、僅かな苛立ちも少しスッキリとした気がした。
「天馬、千田とダチだったんだな。」
知らなかったな…と思いを込めて尋ねる。
「ん?そうだね…高校が同じなんだよ、俺ら。今はあまり関わりがないけど。」
「そうなのか?」
「うん。だから、千田から連絡があったときはちょっと驚いた。」
思わぬ返答に八嶋を見つめた。
どこか懐かしむような表情と口調が印象的で、そのまま言葉の続きを待つ。
コーヒーを一口ずつ味わっているのか、ゆっくりと傾けて口に含んではその香りを楽しむかのように飲み込むと、八嶋は「そっちこそ」と口を開いた。
「タクこそ、千田と友達だったなんて知らなかったよ。全然話すところとか見かけたことなかったし。」
「…まぁ俺もそんな親しい訳じゃねぇよ。」
「ふぅん…」
むしろダチなんか望んで無いらしいし…と内心付け加える。
昨日までの五日間を今ここで八嶋に伝える訳にもいかず、何となく納得いかない気持ちのまま『友達』という言葉を受け入れた。
「「…………………」」
暫く沈黙が続き、気持ちの良い秋風が二人の髪を靡かせる。
やがてその沈黙を破ったのは八嶋だった。
「……千田ってさ」
「うん?」
「高1の頃は今よりもっと明るかったんだよね。その頃は俺も普通に付き合ってたし。けど色々あってさ…それからは一人でいることが増えて」
「は?」
千田が明るい?
友達とゲラゲラ笑っている千田が想像できず、三園は思わず聞き返した。
てか、色々ってなんだ?
虐めか?…って、それはないか。
千田のことをよく知っている訳では無いが、虐められて凹むようなタイプとは思えない。
「だからタクと友達って分かって、少し安心した。」
そう言ってフフッと笑う八嶋に、何とも言えない気分になる。
けして八嶋が考えているような安心できる関係ではないからだ。
「いや、だから別に親しくねぇって。」
「自宅にお邪魔するくらいなのに?」
「それは、うん…まぁ」
一服盛られて拉致られたんだよ。
とも言えず、三園は八嶋に気付かれないように溜め息を吐いた。
そんな三園の心情など知るはずもなく、八嶋はニコッと笑う。
「早く元気になるといいよな、千田も」
「おー…そうだな」
元気に、か。
『さようなら、三園』
複雑な笑顔を浮かべて告げられた。
最後に見た千田の表情を思い出し、三園の口から何度目かの溜め息が洩れていた。
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