第1章

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 花弁がちらちらと落ちていく。ウツギはじっと見ていた。  「ウツギ。飯だって言ってるだろ」  モクレンが苛立った様子で繰り返した。ウツギは彼の姿を認めて首を傾げた。  「飯? 何?」  「時間!」  「時間」  「そう! 早く来いよ。ほら、これ」  モクレンはウツギに細い円筒を手渡した。手の平より少し長い筒。ウツギは不思議がって指で叩いた。こんこんと乾いた音がする。  「お前が作れって言ったから。俺別に上手くないからな」  「へえー。器用だねモク。で、これ何?」  「はぁ!? アツギキだよ! お前、見えないってか? うるせぇなもう! いいからそれ使って降りて来いよ。俺は先に行ってるから」  ウツギはああそうか、と思い出して、先に下へ降りていくモクレンを見ていた。彼の姿を遮るように花弁が流れていく。  ウツギは手にした筒を見る。サクラの木を選定した部分で作られたアツギキはサクラの恩恵を得る、らしい。サクラの声を聞く為の道具だ。使い方は、木肌に当てて耳を澄ませるだけ。昔の道具で、今は精々医者や年寄りが使うくらいで知る者は少ない。元々ウツギにも必要のない物だったが、ただモクレンに作ってもらうのが目的だったので手に余った。  サクラの木は彼らの生活には欠かせない。もとい、サクラの下でしか彼らは生きられない。地は失われた。そこにあるのはサクラの根と、それを支える針のような土台だ。無から伸びているような土台の先を辿ることは出来ない。下には何も無いのだ。底がどこで、どこから支えられているのかも分からない。どうやって安定しているのかも。  底を探して落ちた者がどうなったか誰も知ることは出来ない。人々は根を削り、中を住処にして生きている。サクラの根は土台にしがみつくように絡みついているが、他にも宙を掴むように伸ばされたものがある。外見だと不安になるが、浮いた根でさえ、人間が数百人乗ったところでびくともしないほどしっかりしている。  木は巨大で、天辺を見ることは出来ないし、幹の反対側に回り込むのには素人だと丸一日 かかるほどだ。しかし花弁は何故か繊細で、酷く小さい。指先に乗るくらいの大きさだ。  サクラは一定期間だけ花を咲かせる。薄桃色の花弁は彼らの生活の糧であり害でもあった。木に登る作業者は視界を遮られるし、根に積もって外に出られなくなることもままある。
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