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落ち着かないままに周りを見渡していると、一人の男が木之崎の方にやってきた。
「お、場所取りご苦労さん。差し入れ持ってきた」と男はコンビニの袋を渡す。
「ビールがあるじゃないか、いいかな。はじめてか、北海道の支店から昨日帰ってきたばかりなんだ。知らないよな。谷本だ。よろしく」
木之崎は北海道支社のことは知らない。
気さくに話してくれる谷本の話を聞きながら、和んでいたら、山下が帰ってきた。
「木之崎、誰と話しているんだ」山下が怪訝な顔で聞いてくる。
「え、北海道の支社から帰ってきた谷本さんが」と、振り返ると谷本の姿はなかった。
ブルーシートの上には、プルリングの空いたビール缶とコンビニの袋があった。
「谷本さん……。
谷本は、ほら、さっき話した殺された人の名前だよ」山下が後ずさりをする。
木之崎は、塩の瓶を握りしめたまま、白目をむき倒れ込んだ。
「あちゃー、気絶しちゃったよ」暗がりから谷本が顔を出す。
「驚かせすぎましたかね」山下が笑う。
「朝になったら、話してやるといいよ」谷本は手を振りさっていった。
夜が明け、公園に花見客が来始めた頃、山下の携帯が鳴った。
「おはようございます。課長、場所は大丈夫ですよ。木之崎はまだ寝てます」
電話の向こうの課長の声は、沈んでいた。
「せっかく場所取りしてもらったけど、今年の花見は中止だ。谷本さんが亡くなったんだ。今朝奥さんから連絡があった」
「え、昨日というか今日の夜中には、元気にビール飲んで、木崎を驚かせていたのに……」
電話の向こうの課長の声が、少し震えていた。
「それは、おかしいな。亡くなったのは、昨日の夕方なんだ。心臓発作で」
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