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私と母ちゃんの会話からスニーカーの花びら事件が外れかけた頃合いを見計らったかのように、二番手が食卓を彩ったのは六月だった。雨の季節、お弁当のご飯がふりかけから日の丸に変身を遂げた頃。母ちゃんが自分で浸けた梅干しは時代を先取って甘く、「もーらい」っと汚らしい箸で奪っていった酒井田君を非常的に喜ばせたほど。あの日、酒井田君の絵の具用具一式が一階教員用トイレで発見されるという事件が起こったが、私はそれには関与していなかった。酒井田君たら高校生まで私のこと疑っていたけど。
「梅干し一個の仕返しにしちゃお釣りがでかいぜ」って、酒井田君、暴力番長のくせに本好きで言葉のチョイスがいなせだったな。
そんな六月。梅雨でモノクロームな日々だった。
「また!!」
「ほーら、やっぱり見染められたね、ソメイヨシノだけに」
「もー、それ前も聞いたし、面白くも上手くもないよ」
「そんなことない、これは上手よ、高尚な言葉遊びよ」
「だってこれ、桜散ってからもう何ヶ月? さっきまで枝で咲いてたみたいに色艶が元気いっぱい」
「これはとなると、誰かが綺麗に保管してたって仕業じゃないっぽいな」
「人じゃない?」
「うん、あれだ、花の精、花の精のせいだ」
「もー。そんな呑気に、私がソメイヨシノと結婚したらどうするんだよ」
「いいじゃない、孫の顔を見る楽しみが倍のさらに倍率ドンよ」
スニーカーから摘まんだ二枚の花びらは、私と母ちゃんの食卓の上で会話を聞いているように大人しくあった。花の精はなのせいハナノセイ。母ちゃんの言葉遊びが耳の中で達者な踊りを踊り続けて、私はすっかりハナノセイのせいで、宿題も手につかず、忘れ物シール長者になってしまったのだ。
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