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学校が取り壊される。
そのこと自体の言葉の重みには毎日跳ねるランドセルは負けなかったけれど、ソメイヨシノが切られる、という言葉にはランドセルの重力が小学六年生の身軽さを押し潰した。
「だって、あんな大きくて綺麗なんだから、何処かに植え替えられるのかなって、思ってた」
「行き場が確保できなかったのかな。勿体ないよね。でもだから、花の精が動き始めたんじゃない?」
「私に助けてって言ってるのかな?」
「かもしれない」
「なんで私、小学生に何ができるんだよ」
「うん。だったらそうじゃないかもしれない」
「え?」
「助けてとは違う何か、かもよ」
「わかんないよ」
「切られちゃう前に、あんたに何か言いたいんだと思うよ」
「そう、かな」
ストーブの上に置かれたやかんがシュンシュンいう。蓋がカタカタ鳴ったら先生が「日直さん!」と声を荒げる。やかんがどくと、空席になった上昇気流に男子たちがセーターの毛をむしって乗せる。冬。私はソメイヨシノに見染められた一人ではなくなった。
「小泉君、また?」
音楽室に忘れた筆箱を取りに戻ったら、もう次の組が縦笛の練習を開始していた。
「ごめんなさい。忘れ物、取らせて」
他クラスの視線圧力に小さくなりながらひょこひょこ入って行った私の耳に飛び込んできた桜色の言葉。花びらの薄ピンクが濃くなって私の胸の水にヒラヒラ沈んでいった。
「うん。また、今日はリコーダーのケースに入ってた。やっぱり二枚。桜、葉っぱもないのにね」
止まった鼓動が時間を切り取って、私はずっとその子を見てた。
その子は気づかず、隣で話していた女子が私の視線に気づいて、
「なんですか?」って言った。
「私、今日はまだだけど、昨日は枕の下だった」
言葉が思う前に飛び出して、その子は私をじっと見つめ、隣の女子は私を睨んでいた。
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