2.また咲く二人になって

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 病室の窓を開けてみる。  カーテンは風がなくても動けるはずだけど。だって知ってる。爺ちゃんの最後のとき、「いい風だなぁ」って爺ちゃん最期の言葉だったけど、窓閉まってたからな。病室で誰も何も言わなかったけど。あのなびいたカーテンが特別だった可能性はよこちょに置いといて。  目の高さすぐ近く、ミドリムシすら肉眼で捕捉できそうな、新緑が呼吸する音が聞こえてきそうな、繁りに繁った葉の中に、民族楽器のような実がニュートンリンゴを小馬鹿にするみたいにツンといる。 「追いついた初恋かぁ」  記憶の扉の一番奥。私と小泉君と、ソメイヨシノの気持ち。ごくごくありふれた初恋に、時間差と花の精のセンチな介入を伴なって特別な記憶。  放課後のドヴォルザークが夕景に吸われ、放送部の声がブツっと消えると、学校が冷たくなる。 すっかり、冷たくなってしまった学校で、私と小泉君はソメイヨシノの下にいた。 「すっかり忘れてた」 「僕は覚えてた。でも、誰だったのかまでは覚えてなかったから」 「ごめんなさい」 「ううん。一年生のことだもん、しょうがない」 「この木はずっと覚えてたんだね」 「呼んでくれたんだね」 「てっきりこの木に私、見染められたのかと思っちゃってた」 「見染められ?」 「うん、惚れられるってこと」 「相沢さん難しい言葉知ってるね」 「本が好きだから」  男の子と話すのに、母ちゃんを登場させたくなかったんだ、ごめん。 「味覚えてる?」 「覚えてる、美味しくなかったね」 「うん。でも、食べてくれて嬉しかった」 「どうして食べてみたの?」 「カッコつけたかったのかもしれない」 「よくないけどね」 「ね」  一年生の休み時間、みんなの鬼ごっこを抜けて一人、ソメイヨシノで木登りをする男子と実を食べた思い出。それだけの、一瞬の重なりと未熟で芽生えることのなかった恋心。見抜かれていたのか。ソメイヨシノ、よじ登られたのに、いいやつ。花の精、いいやつだったよ母ちゃん。 「来年、僕ら卒業したら切られちゃうんだってね」 「うん」 「もう、実も食べられないね」 「うん。桜の花は間に合うかもギリギリ」 「うん」  私と小泉君が枝ばっかりのソメイヨシノを見上げたら、私のプーマのスニーカーと、小泉君のパーカーのフードに二枚ずつの花びらが滑り込んだ。  
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