3:桜司様の絶対命令

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(これ以上迷惑をかけたくなくて、こっちから身を引こうとしてるのに)  吐息が肌にかかるほど近い場所にある顔を見つめると、指の背で頬を撫でられた。 「俺は、嫌いな人間と役立たずな人間はそばに置かない合理主義者だ」 「…………そうですかね?」 「緋芽には割と甘いけど、その他の人間に対してはシビアだから」 (そんなイメージは……いや、あるな)  だが、頬に触れる手付きは甘ったるいほど優しく、シビアというイメージが霞むほどにはむず痒い。 「お前は病弱なくせに強情で、今にも死にそうなくらい儚いのに、雑草のような図太さでたくましく生きてる。どんなに倒れても懸命に起き上がるその根性が、出逢った頃から気に入ってるんだ」 「……あれ、褒めてませんね?」 「褒めてる褒めてる。一生懸命毎日を生きるお前見てるとさ、俺も、頑張らねえとって思うんだよ」  指先が耳に触れ、緋芽の長い黒髪をかき分ける。  淡くなぞるようなその触れ方に、一瞬、胸の奥が熱く疼いた。 「誰かの行動に心動かされることなんて、今までなかった。つまり、お前にはそれだけの価値がある」 「価値……」 「緋芽は自分を『役立たず』と思ってるらしいけど、評価点が違うって話な」 (そんなこと言ってくれる人、今までいなかった)  温かい吐息が、肌を撫でる。  心臓を、力強く掴まれた気がした。 「でも、私が役立たずなのは事実で――」 「ここまで言って、まだわからない?」 「……え」 「お前の価値は俺が決める。使用人ごときが勝手に自分の価値を決めて、屋敷を出て行こうとするのは許さない」 「……っ!」 (なに、それ……)  咎めるように、がぶりと耳を噛まれる。  痛くはないが奇妙な疼きが広がり、反射的に耳を手で覆った。 「なにするんですかっ」 「お前が俺を『特別大事』だって思ってるように、俺もお前を『特別大事』に思ってるんだよ。引き止める理由なんて、それで十分だ」
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