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(これ以上迷惑をかけたくなくて、こっちから身を引こうとしてるのに)
吐息が肌にかかるほど近い場所にある顔を見つめると、指の背で頬を撫でられた。
「俺は、嫌いな人間と役立たずな人間はそばに置かない合理主義者だ」
「…………そうですかね?」
「緋芽には割と甘いけど、その他の人間に対してはシビアだから」
(そんなイメージは……いや、あるな)
だが、頬に触れる手付きは甘ったるいほど優しく、シビアというイメージが霞むほどにはむず痒い。
「お前は病弱なくせに強情で、今にも死にそうなくらい儚いのに、雑草のような図太さでたくましく生きてる。どんなに倒れても懸命に起き上がるその根性が、出逢った頃から気に入ってるんだ」
「……あれ、褒めてませんね?」
「褒めてる褒めてる。一生懸命毎日を生きるお前見てるとさ、俺も、頑張らねえとって思うんだよ」
指先が耳に触れ、緋芽の長い黒髪をかき分ける。
淡くなぞるようなその触れ方に、一瞬、胸の奥が熱く疼いた。
「誰かの行動に心動かされることなんて、今までなかった。つまり、お前にはそれだけの価値がある」
「価値……」
「緋芽は自分を『役立たず』と思ってるらしいけど、評価点が違うって話な」
(そんなこと言ってくれる人、今までいなかった)
温かい吐息が、肌を撫でる。
心臓を、力強く掴まれた気がした。
「でも、私が役立たずなのは事実で――」
「ここまで言って、まだわからない?」
「……え」
「お前の価値は俺が決める。使用人ごときが勝手に自分の価値を決めて、屋敷を出て行こうとするのは許さない」
「……っ!」
(なに、それ……)
咎めるように、がぶりと耳を噛まれる。
痛くはないが奇妙な疼きが広がり、反射的に耳を手で覆った。
「なにするんですかっ」
「お前が俺を『特別大事』だって思ってるように、俺もお前を『特別大事』に思ってるんだよ。引き止める理由なんて、それで十分だ」
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