1人が本棚に入れています
本棚に追加
「こら、少年。昨日はよくも、一目散に走り去ってくれたものよの。少し傷ついたぞ」
赤い唇を尖らせて、頬を膨らませる。
彼女は長い着物の裾を捌いて、僕の前に立ちはだかった。ふわりと、花の香に包まれる。
「びっくりしすぎて・・・あまりにも、綺麗だったから。妖にでも出会ったかと・・・」
「ほう・・・ふふ、そうかそうか。許そう、少年」
「空太」
女性が柳眉を寄せて小首をかしげる。
その仕草ひとつとっても、なんとも絵になる美しさだった。澄んだ空に、はらはらと散る桜の花びらに、彼女はとてもよく映える。
「名前、空太です」
「ふっ・・・ははは、愉快じゃ愉快じゃ。妖に素直に名を名乗るとはのう。よほどの阿呆か、大物か。・・・空太、お主はどちらかのう?」
盛大に笑った後、僕の手を取った。
細く白い指が、ひやりと冷たかった。
「あなたは、妖なの?」
「はて、どうであろうな」
また、楽しそうに微笑む。
細められた赤い瞳が、僕に向けられていた。
「あなたの、名前は?」
「はて、な・・・」
誤魔化しているのとも違う。
答えたくないという風でもない。
ただ、少しだけ困ったように遠くを眺めて、妾は・・・、と呟いた。そして、
「そなたの好きに呼べ」
と、桜の木の下に座り込んだのだ。
最初のコメントを投稿しよう!