ひとひらの恋

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「こら、少年。昨日はよくも、一目散に走り去ってくれたものよの。少し傷ついたぞ」  赤い唇を尖らせて、頬を膨らませる。  彼女は長い着物の裾を捌いて、僕の前に立ちはだかった。ふわりと、花の香に包まれる。 「びっくりしすぎて・・・あまりにも、綺麗だったから。(あやかし)にでも出会ったかと・・・」 「ほう・・・ふふ、そうかそうか。許そう、少年」 「空太(そらた)」  女性が柳眉を寄せて小首をかしげる。  その仕草ひとつとっても、なんとも絵になる美しさだった。澄んだ空に、はらはらと散る桜の花びらに、彼女はとてもよく映える。 「名前、空太です」 「ふっ・・・ははは、愉快じゃ愉快じゃ。妖に素直に名を名乗るとはのう。よほどの阿呆か、大物か。・・・空太、お主はどちらかのう?」  盛大に笑った後、僕の手を取った。  細く白い指が、ひやりと冷たかった。 「あなたは、妖なの?」 「はて、どうであろうな」  また、楽しそうに微笑む。  細められた赤い瞳が、僕に向けられていた。 「あなたの、名前は?」 「はて、な・・・」  誤魔化しているのとも違う。  答えたくないという風でもない。  ただ、少しだけ困ったように遠くを眺めて、(わらわ)は・・・、と呟いた。そして、 「そなたの好きに呼べ」  と、桜の木の下に座り込んだのだ。
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