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あの時のことを何度も思い出した。たったひとりで東京にいても、遠くで私を思ってくれている人がいる。それが支えだった。
だけど、葉介にとって私は、今でも友達以上の大事な存在なの?
「葉介…今までずっと一人だった?」
ためらいながら聞いた言葉に、くしゃっと笑って
「馬鹿言うなよ。これでも俺はもてるんだぞ。それなりに…いた時期もあったよ」
「知ってる。そう、なら良かった」
もちろん、知ってる。葉介は180センチの長身、切れ長二重の最強目力を誇る剣道部部長だった。どんなに可愛い女子のアプローチにもなびかないので、私と付き合っているという噂が広まり、葉介は否定も肯定もしなかった。
良かった。十年という月日を、葉介も笑ってすごしていたのなら、その方がいいに決まっている。それに、いた時期もあったって言った。
それって、今はいないってことだよね。
「良かったってことは、お前も?」
「うん。ほら、私も、あんたほどじゃないけどもてるからさ」
ふざけて言ったのに、葉介は笑わなかった。
「一度、見かけたよ」
「え?」
「用事で東京に行った時、お前のマンションまで行ったんだ。外で待ってたら二人で帰ってきて…すげぇかっこいい彼氏だった。大人な人だなぁって」
いつのことだろう?全然知らなかった。
「うん。同じ会社の人」
「別れたの?」
「半年も前にね。仕事に没頭して忘れようとしたんだけど、体がおかしくなっちゃってさ。過労で自律神経やられちゃったみたい。意外と繊細でしょ?」
笑い飛ばすつもりだったのに、じっと私の顔を見つめる葉介の目を見たらじわっと涙が浮かんできた。
「お前…もう帰ってこいよ。こんなに痩せて…桜餅が台無しだぞ」
その言葉に思わず笑う。桜餅…葉介がつけた私のあだ名だ。
帰ってこいよ。その言葉が胸の奥まで染み渡った。涙があふれて止まらない。
帰ってきていいの?この場所に。葉介のそばに。
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