12人が本棚に入れています
本棚に追加
付き合って、二年が過ぎた頃、彼の様子が変わってきた。外で食事をしている時や私の部屋でくつろいでいるとき、頻繁にスマホが鳴るようになった。それもメッセージではなく、通話の着信だ。
慌てて立ち上がって対応する姿が、明らかに不自然で。仕事の電話だと言うけれど、同じ職場で働く私に見抜けないはずはなかった。
相手は直営店のショップ店長だった。仕事柄、都内のショップに赴いて売れ筋や販売の指導などをしている彼。仕事の相談に乗っているうちに親しくなったのだという。
本社で毎月開かれる店長会議に出席した彼女が、堂々と彼を下の名前を呼んだのでわかった。あぁ、この人なのかと。
すらっと背が高く、背中に流れる美しい長い髪。指先には綺麗にネイルを施し、ピンヒールで颯爽と歩く姿は本物のモデルさんのようだった。着ている服は、私がデザインしたものだけど、ちんちくりんの私より素敵に着こなしている。
万年寝不足で顔色も悪く、朝から晩まで髪を振り乱して働いている私がかなう相手ではなかった。
デザイナーという仕事に誇りを持っているけれど、華やかに見えて実際は地味な仕事なのだ。
別れを切り出されるのが怖くて、自分から言い出した。
私なんかより、あの人を選んでと。だって彼の隣にふさわしいのはあの人だから。
都会的で洗練されてて自信があって。
私が持っていないもの、全部持っているもの。
「ごめん」とひとことだけ残して、彼は去って行き私は一人になった。
自分で決めたくせに、怖くて怖くて、仕事に逃げた。
また季節がわからなくなる生活に舞い戻った。それは案外簡単だった。
彼と職場で会っても全然大丈夫な顔をして。傷ついてなどいないふりをして。
最初のコメントを投稿しよう!