12人が本棚に入れています
本棚に追加
だけど心より先に体が悲鳴を上げた。
体調がおかしくなり、熱を測ると37度少し。それが何か月も続いていた。
平熱が低いので微熱があるのは辛い。休みの日は寝ているだけで過ぎてしまい、何も手につかなくなった。デザイナーはインプットが大事で、以前は映画や舞台を見たり、ショップめぐりをしたり、常に流行の色や人気の場所を見ていたのに。
当然のように仕事も行き詰った。自分がどこにも行きたくないのに、どんな服を思いつけるというのだろう?
今年の秋冬、来年の春夏、着たいものなんて何もなかった。
毎シーズンごとに新作を社販で買って、着る生活にも疲れてしまった。
二月になれば春服を着、八月には秋服を着る、現実味のない世界に。
あんなに憧れて、必死に努力して、やっと叶えた夢だったのに。
そんな時だった。葉介から届いた、一通のメール。
今年も桜トンネルの写真。いつもは何のメッセージも無いのに、今年は写真の下に一言。
『今年も咲いたぞ』
それは単に春を告げる言葉だったかもしれない。
だけど今の私の心には「帰ってこい」と聞こえる。
「ここにいるよ」と聞こえる。
もう限界だった。
『今から帰る』
それだけ返信して、立ち上がった。
最初のコメントを投稿しよう!