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運がいいのか悪いのか、お互いに致命的な指示が出ず、勝負は想像以上に泥仕合の様相を呈してきた。太陽が高く登り、少し汗ばむ。犬が小便をするような体勢でなければ上着を脱ぎたいところだ。?
「じゃあ次行くぞぉ」
焚き付けた張本人の老人も飽きてきたのか掛け声もおざなりだ。
不思議なものでこうしてゲームに集中していると西野のことも長濱さんのこともどうでも良くなってくる。我に返っても昼間っからなにをしているんだろうという自己疑問ばかりだ。与えられた指示通り、機械的に右手を動かす。
「え、なにやってるの?」
ふいに聞こえた。声の方に振り向いたらバランスを崩す体勢だった。そうじゃなければ高速で振り返っていたはずだ。ややあって回り込んできた長濱さんが「な、に、を、してるんですか?」と俺の顔を覗き込んでくる。無視されたと思ったのだろう。関係ないが膨れた顔も可愛かった。
西野の方を見ると長濱さんが登場した驚きからか尻もちをついていた。とっさにガッツポーズから老人とハイタッチをした。
「ねえ、なんでラインしたのに無視するの? めっちゃ探したじゃない」
俺は勝利の、老人はようやくゲームが終わったことの喜びに飛び跳ねている横で西野が長濱さんの追及を受けていた。西野のスマホはゲームの途中で邪魔になるとカバンの方に投げ捨てていた。気が付かなくても無理はない。
「来るの早くない? もうそんな時間?」
「ラインしましたぁ。ちょうどラウンドが終わったから会社戻る前に寄るよって」
「そっか、ごめんごめん。ゲームにムキになりすぎてた」
「なんで男同士でツイスターゲームなんてやってるの? もう酔ってる?」
「ばっか、そんなわけないだろ」
勝ったのは俺だというのに、目の前で繰り広げられるこのいちゃつきにも似たやりとりを見せつけられるのはなんの罰ゲームだろう?
「おい、西野」
たしなめようと西野を呼ぶと、同時に長濱さんとも目が合った。桜の木を揺らす風に鎖骨まである彼女の髪もなびく。俺が写真家なら迷わずシャッターを切るような、息を呑む光景だった。柔らかな彼女の髪に触れたい。西野のことなんてもうどうでも良くなって、思わず手を伸ばしそうになった。
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