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「兄ちゃん達、ちょっと落ち着きなさいや」
ふいにぽんと肩に置かれた手で我に返ると、キャップを被ったお世辞にも綺麗とは言えない格好の老人が俺と西野の間に割って入っていた。朝方隣のシートで寝ていた男だと気付く頃には幾分冷静さを取り戻していた。
「おいらも朝からここにいたからよ、大体の事情は分かったよ」
老人が白い歯を見せる。身なりと年齢から似つかわしくない綺麗な歯並びだった。もしかしたらどこぞの大富豪の世を忍ぶ仮の姿なのかもしれない。そう思うだけで老人に対する警戒心が少し緩んだのだから我ながら現金なものだ。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。もう大丈夫ですので」
西野が息を整えながら老人に頭を下げる。癪だが俺も西野に倣って頭を下げた。
「いいのいいの、どうせ暇なんだから」と老人は手をひらひらさせるが立ち去る気配はない。俺と西野は怪訝な顔を見合わせた。
「まだなにか?」
俺たちが尋ねると老人はその言葉を待っていたかのように隣のシートに戻り、なにかを脇に携えて帰ってきた。
「女の取り合いなんてきちんと決着をつけないとキリがないだろう? 殴り合いにうるさい時代だ。これで勝負するといい」
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