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気持ちの良い風が吹き込み一枚の小さな桜の花びらが床の上に落ちた。飛び散る花びらが春の終わりの象徴のように思えた。幸せに慣れることのできない性格が顔を覗かせる。
私は上着を羽織ると部屋を飛び出し薬局に向かった。そのまま帰ってくるとトイレに入り妊娠検査薬の箱を破り捨てた。検査の結果は陰性だった。
祈るように両手を合わせその匂いを嗅いで見るが幸せの香りはもうしなかった。どうしよう。私は個室を出てベッドの匂いを嗅いだ。そのまま枕を抱きしめ顔をうずめる。やはりあの甘い香りはどこにもなかった。
ふいに机の上の携帯電話がなった。私はお腹をさわり電話に出た。
「もしもし、結婚式の出席ハガキがまだ届いていないんだけど」
相手は先輩だった。私はすがるような気持ちで言葉を絞り出した。
「先輩この前のキャンディが売っているお店を教えてくれませんか?」
「コンビニの安物だけどどうかしたの?」
「私、愛されたい。でも不安なんです……」
「ふふ、あなたは十分綺麗よ。顔を上げるだけでもっと綺麗になれると思うけど。少しだけ勇気を出してみれば」
顔をあげるだけで綺麗なんて、そんなの美人に生まれた人間の特権じゃない。私は皮肉を呟きながら顔を上げてみた。
ベランダの向こうの駐車場で桜の花が散りかけていた。でもこの恋は意外と上手くいくかもしれないと思った。
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