散るがいい

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散るがいい

 こと、桜と聞いて思い浮かべるものなんて、おおかたが恋だの愛だの、くっついたの離れたの…ということばかりだ。同じ「桜」という名を持つわたしにとって、春というのはうきうきするわけでもなく、慈しむべき対象でもない。忌むべき対象だ。  そもそも、わたしは、自分の「桜」という名前がさして好きではない。桜に限らず、もしも何らかの天変地異とかが起きて、わたしが誰かとの間に子どもを授かったとしても、花の名前をつけるのはいやだと思う。どんな花だろうと、花を咲かせたら最後、あとは散りゆくだけだ。人はいずれ死ぬのなんてわかりきっていても、その子は小学校で自分の名前の書き方を習うたび、中学や高校、ちょっと遅ければ大学で、自分に想いを寄せる人にその名前を呼ばれるたび、ああ、わたしはあとどれだけ生きられるんだろうか…なんて考えてしまうのだ。情報ソースはわたし自身だ。  特に桜の花なんていうのは、咲き誇るさまよりも散る姿こそが美しい…とまでいわれるのだ。なんだそれ。三島由紀夫よろしく切腹でもしたら、その瞬間だけは、わたしはテレビに映るどんな可愛いアイドルやタレントよりも美しくなれるのだろうか。  そうやって、これまで恋人になった人には、毎回話をすることにしていた。でも返ってくる答えは、ものの見事にみんな同じだった。そうかな、きみの「桜」って名前、好きだけどな、俺は。わたしはそのたびに思うのだ。いま問いかけたのは、あなたの好き嫌いなんかじゃない…と。わたしがいま、あなたのために林檎の皮をむいているこのナイフで腹をかっさばいたら、あなたはわたしを一番にしてくれるのか…って。  でも、誰もそのことに気づいてくれない。湯船の底から知らぬ間に抜けた髪の毛が浮かび上がってくるのと同じような速度で、よしんば最初の質問の意味に気づいたとしても、わたしは一方的にメンヘラ呼ばわりされて、命より先に、恋だけが散っていった。  ああ、つまらない。みんな、つまらない。わたしも、つまらない。  そう思っていたら、たったひとりだけ、いた。
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