ゆめ

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僕の彼女はよく眠る。 知り合ったのは会社の帰りにぶらり立ち寄ったバー。 ひとり飲みでなんとなく相手が欲しかった時に、ちょうど同じように二つ離れた席でひとりけだるそうに飲んでいたのが彼女だった。 「ひとり?良かったら一緒に飲まない?」  元々はそんなに積極的な人間ではなかったはずだけど、そのときはなぜか声をかけてみたくてたまらなかった。 彼女はちらりと僕の顔を覗いて、微笑した。 妖艶というよりも、どことなくあどけなさの残る少女のような顔だち。 「私もちょうど話相手が欲しかったの」  彼女はそう言ってグラスを差し出す。 僕はグラスを軽く当てて乾杯し、彼女の名前を聞いた。 「私、『ゆめ』っていうの」  彼女は笑って言う。 「ゆめ?寝るときの夢?」 「漢字じゃなくて平仮名だけどね」  彼女の笑顔に僕はあっという間に心奪われた。 その日、彼女は僕の家に泊まり、そのまま二人で暮らすことになった。  ゆめは良く眠る。 「じゃあ行ってくるよ」  僕がそう言って玄関で手を振ると、布団からふらりと半身を起こして手を振り返す。目も開かないまま、眠そうな顔で「いってらっしゃい」って言うゆめの姿は本当にかわいらしい。 眠気と必死に戦いながらがんばって起きたという感じが一層愛おしく感じる。 仕事を終えて家に帰ると未だに朝と同じ場所で眠っているゆめの姿がある。 「ただいま」  そう言って、優しく髪を撫でると、ようやく夢の世界から帰ってきたというようにトロンとした目を開けて小さく微笑む。 「おかえり」  その笑顔に僕は心を蕩かして、思わず抱きしめて唇を重ねる。 そこからゆめの数時間の一日が始まる。  シャワーを浴びて服を着替えてメイクをし。僕と二人で夜の町に出かける。 軽く食事をしてバーでカクテルを飲みながらとりとめもない会話をする。 ずっと寝ている割に、ゆめはいろいろな知識に富み、話術も巧みで僕は毎日飽きることなく話し続けることができた。 その後、家に帰り、ゆめは再び眠りにつく。 そんな生活が三カ月ほど続いた。
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