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声の主は、すぐそばの書架、高いところの本を取れるように配置されたのだろう梯子に器用に腰掛けていた。
脚をばたつかせ、白いワンピースの裾をそれは楽しそうに翻しながら笑っている。
キーの高い声。
こどもだ。
私と同じくらいの大きさの手のひら――だから私もまたこどもなのだと、知る。
「どうして、ここに、いるの?」
「君はどうしてここにいるの?」
「知らない」
「じゃあユウナも知らないよお」
「あなたは誰なの?」
「ユウナは、ユウナだよ。そういう君は誰なの?」
「知らない」
「名前はなんていうの?」
「知らない」
「君はなーんにも知らないんだねえ」
おかしそうにユウナは笑う。
初めて会話というものをしたが、他人と話すという行為は、いったい全体、どうしてこうままならないのだろう。
あんなに本を読んだというのに、知らないことが、相手が求める答えを持っていないことがもどかしい。
「名前がわからないなら、ユウナが君に名前をあげるよ」
名前。
私が、私であるということ。
誰かがいて、それとは異なるということを識別するための記号。
ひとりぼっちのこの世界では、ついぞ必要がなかったもの。
その手にある箔金の装丁が美しい本を無造作にめくると、やがて満足したようにユウナはあるページを示して言った。
「ハトリ。葉鳥にしよう」
ページに付された挿絵は、ヤドリギに寄り添う一羽の鳥だ。
濃い緑の葉は太陽を透かして煌めき、その中で自由を謳歌する鳥は、艶々とした茶の翼を今にも広げんとしている。
葉鳥。
それが、私の名前。
「君の目は木々の翠。その髪は鳥の翼のようだもの」
私の姿をたとえる言葉を、ひとつも逃すまいと拾い上げる。
細められ、こちらをまっすぐ見据える瞳は、灯りを受けてゆらゆらと光を散らす水面の青だった。
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