それは私じゃない

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「理解されなくてもいいんだ」  本当だろうか?私は半信半疑だ。人はときどき、ことさらに本心の逆を言ったりする。身体にしみついた常識に照らし合せてその良心が心もとない場合に。だからだろうか、私はサヤにとって一番答えにくいであろう質問をした。 「その教授のこと、好きなんだ?」  案の定・・・・・・サヤは困惑の表情を浮かべて口をつぐんだ。そして、困惑そのままの声色で頷く。 「うん・・・・・・」  ・・・・・・本心ではないんだろう。でも、多分どっちでもいい。真実だろうと嘘だろうと、最初から誰も損はしないように出来ているんだ。サヤの恋愛は、いつもそうだ。  相手はサヤより二〇以上歳上の既婚者だった。そうだ、サヤの相手はいつも既婚者なのだ。それは、『好きになったのが既婚者だった』なんて綺麗事なんかじゃない。いつも、必ず、既婚者しか選ばないのには、サヤなりの理由があるのだろう。 「でも、奥さんから奪いたいとかはない。結婚にも興味がない」  サヤが言った。 「子供も欲しくない。そもそも妊娠が怖い。自分の身体に自分と違う意思のある生き物がいるのが怖い」  サヤと一緒にそこそこ飲んだ。手を振り合って分かれた後、歩きながら電話を指で叩く。  春日さんはいつも3コール以内に出た。それ以上かかると「お待たせいたしました」と必ず言う。サラリーマンかよ。サラリーマンだけど。 「今、お時間ありますか?」 「え、今から?」 「ないならいいです」 わざと無愛想に、満腹の猫のような声で言うと「待って。大丈夫」と彼は言った。  彼を振り回していることを自覚しながら、同時に、とんでもない重さの幸福感と罪悪感が背筋の右と左を氷水のように伝い落ちていく。私は身体を振るわせた。  私はこれから春日さんに会うだろう。行くのはラブホテルだ。でもセックスはしない。彼を数十回のキスだけのために呼び出し、そして日付が変わる前に家に帰すのだ。  春日さんが既婚者であることに鑑みれば、ことによればこれは・・・・・・肉体関係を持つよりも罪の重い行為かもしれない。  何もかもを承知していながら、私は彼に純情だけを求めている。そして、男も純情のみを捧げようとする。計画されたとおりに、男の心の一番大切なものを奪うのだ。何のために?きっと、何を見ても私を思い出させるために。美しい思い出とやらに縛り付けるために。  
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