それは私じゃない

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「桜井さんにね、話してたら、ミコちゃんに会いたいって言ってるんだよ」  ああ、そんなのもっとどうでもいい。  その日私は、面と向かった状態で新婦直々に、結婚式にご招待された。  私の大切な場所で。私だけがささやかに大切にしていた空間で。  ミコ、最初から分かっていたことじゃないか。    なんで、存在しない希望にすがろうとしたんだろう。身体のどこかでとっくに諦めきっていたのに、なぜ粉々になったみたいに傷ついているんだろう。  お前の好きになる人は、お前を好きになってくれない。  何回、繰り返したらいいんだろう。  こんな平凡な絶望を、何回。  海沿いのレストラン。夕刻。結婚披露パーティ。  司会者の女がどこかで聞いた事ある(多分違う披露宴だ)抑揚のついたきんきん声で言う。 「こちらのステキなレストラン!実は・・・・・・!智樹さんがユイさんにプロポーズをした場所なんです!」  その情報、全く必要としていない私は、今日この場でギターなんか弾いて余興なんかやっちゃったりしなくちゃいけなかったりした。新婦に頼まれたとき、食べてたパスタをテーブルクロスに吐くかと思った。 仕方なく引き受けたら、披露宴前に一度だけ会った新郎にも、お礼を言われた。ユイさんが会ってくれって言うから嫌々会ったのだ。  智樹君。眼鏡をかけた、そこそこ顔がよくて、ツーブロックの、清潔感のある男だった。背が高くて、気さくで、仕立てのいいジャケットを着て手入れされた靴を履いていた。初対面の私にも気を遣って話を自然にふることが出来て、コミュニケーション能力の高い、すごくすごくすごくつまんない男だった。  ユイさんはあのつまんない智樹君と、セックスしたり子供を成したりするんだろう。あのつまんない智樹君とババアになるまで添い遂げたいと思ってるんだろう。だけど何故だろう。それを想像するときも、ユイさんだけは、全くつまんない女じゃなかった。超絶つまんない(いや、全然智樹君の人となり知らないからこれは全部嫉妬なのだよ)智樹君を愛してるユイさんは、胸糞悪い未来図の中でさえ、いい女だし、いい母親だし、いいババアだった。  
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