それは私じゃない

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 歌い終えた私は、ビール片手に海を見ていた。そこに高校の先輩がやってきた。ユイさんの同級生だ。 「ミコ!すごいじゃーん。歌うまーい!プロみたいじゃーん」 「ほんと、マジで良かった!あんな才能あるんだー」 「あの歌いいよね、ほら、ちゃんと聞いた事なかったけど、やっぱり結婚式といえばって感じだよね」 ほろ酔いの先輩たちは、嬉しそうに笑った。 「愛の賛歌ですか?やっぱり定番ですよね~。もっとひねれば良かったかなあ」  私は先輩たちのテンションまで自分を持ち上げながら笑い返す。 「でもさ、ミコ、私日本語のは聞いた事あったけど、今日歌ったのって何語?フランスっぽい?」 「あ、そうですよー。歌詞はフランス語の原曲の方。せっかくだから頑張って練習しちゃいましたー」 「すごーい。本格的ー」 「ねーミコ美人だしすごい雰囲気あったー」    友達も国も恋人もいらない  死んだら天国で、愛し合えるかも  でも私は生きている私として、生きてるあなたを愛するほうがいい  だから、宵闇に帰る。  負け犬にも、意地はあるのだ。  二次会には参加せず、ドレスのまま、春日さんに電話した。 「春日さん」 そのとき、自分の声が、蜜の艶を帯びていないことがはっきりと分かった。 「お疲れ様、結婚式どうだった」 「春日さん、私今日好きな人に、ふられたの」  彼は絶句した。  そして、初めて聞くような、穏やかな声で言ったのだ。 「そうか、勘違いしてた。君はちゃんと生身の人間なんだね」  
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