桜の木の下で

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 歩いていた足を止めて、桜の木を見あげる。ちょうど、この桜の木だ。去年とほとんど変わらない時間に、去年と同じように満開の桜を見上げる。だからといって、もちろん何か特別なことが起こるなんてことは―― 「そんなに見あげてたら、また生徒手帳落としますよ?」  聞き慣れた声じゃない。けれど、クラスメイトの誰よりも聞き覚えのある声だった。  見上げた桜から視線をスライドさせると、そこにはあの男の子が立っていた。 「まあ大丈夫だとは思いますけど、気を付けてくださいよ」  苦笑のような笑顔を浮かべて、男の子は私を追い抜いて行く。 「あの!」  その後ろ姿が遠ざかる前に、私は声をかけた。  男の子が振り向く。 「あの時は、ありがとうございました。えっと、先輩ですよね?」 「ええ、三年の水上(みなかみ)です。二年生の上田花枝(はなえ)さん」 「よく、覚えてますね」 「まあ桜を見あげてる姿とか……印象的だったので」  やっぱり苦笑いの水上先輩の隣に、私は並んだ。  高校に入学して一年。あまり変わったところはなかったと思っていたけど。  私は少しだけ、積極的になったかもしれない。
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