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いつか約束が咲くとき
それが扉にできたのは春のこと。
最初は小さいこぶだった。それが十日も経たぬうちにするすると伸びて、若木らしいつやつやと濡れた茶色が白木の扉に異様に目立った。
扉は「桜木」という姓にちなんで桜材を使ったもので、オーダーメイドにすることを頑強に主張したという父は「これで花が咲けば表札いらないな」と自棄まじりに笑い、母は「すごいわ、すごいわね」とはしゃぎながらカメラのシャッターをひたすらに切った。
おおらかな両親に育てられた一人息子はそれに触ろうとしてつま先立ちしたが、到底届かなくてやめた。
ジャンプをすれば届いたかもしれないが、折れて両親が嘆くのが恐ろしく、それをしようとはしなかった。
しかし、十センチばかり伸びた若枝はそれ以上成長することもなく、いつしかピカピカした樹皮も枯れたようになってしまった。
桜の蕾が膨らんでいて、今年は咲くのが早そうだねという話題でふとその話を口にした。
桜木家の謎の枯れ枝は近所でも有名であり、少年はそれを話題にされる度忌々しい思いをしたので、この話は自ら口にすることはなかった。だが、高校に入学してからできた友人がそれを知らないということに思い至り口を開いたのだった。
「で、それはどうなったの?」
長身でサッカー部と園芸部を兼部している友人は窓の向こうの桜から、少年へと目を向けた。
「枯れたままそこにあるよ」
「目立つだろ」
「切った方がいいって親にも何度か言ったけど、誰も結局折れなかった」
少年は青年と呼ぶべきほどに成長し、当然手を伸ばせばそれは簡単に手折れるが、不思議にそれができなかった。
忌々しくてもそれは桜木家の象徴で、それを自ら折ることにためらいがあったのである。
話題にしなくなった両親も、案外あれを愛しているのかもしれなかった。
「それにしてもすげえ話だなぁ」
からかわれることが多かったその枝を、彼は純粋に「すごいもの」として扱ってくれることがひどく新鮮で、少年は「見に来る?」と友人に尋ねた。
友人は、終業式で空っぽになった教室で少し考え込み、「うん」と頷いた。
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