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「すげえなぁ……」
友人はそれを見上げ、まじまじと見つめた後ようやくそれだけを言った。
友人の次の反応をしばらく待っていた少年だが、口を軽く開いた彼からはもう何も出てこないようだ。
恐る恐る「どうする? 上がってく?」と聞こうとした瞬間、友人が手を上げた。よく日に焼けた手首がシャツからのぞき、するすると伸びていく。
指先が乾いた木肌を押す。くんとしなるそれ。
折れるかも、と思った瞬間、友人は弾かれたように手を引いた。先ほど枝に触れた指先をじっと見つめる。
「棘でも刺さった?」
「ううん。これ枯れてないな。生きてるよ」
「まさか」
「そんな気がするだけだけど、でも……あぁ、ほら花芽、あるじゃん」
少年よりも十五センチ近く背が高い友人が目線のすぐ上にあるそれを観察して呟いた。少年に見せるように指差したまま体を引く。
少年はつま先立ちになり、眼鏡の奥の瞳を眇めて発見した。先端の五ミリほど手前、小さなこぶがある。黒い三角形のような硬そうな芽。
「ほんとだぁ」
「気づかなかったのか?」
「うん。でも言われてみれば前からあったような気もする。それが芽だって思わなかっただけで」
ふうん、と友人はそうとだけ言って、枝から指を離す。
「いつからついてたんだろうな」
「え?」
「もしかしたらずっと気づかれない芽のままだったのかなって思ってさ。なんか寂しいというか、かわいそうというか」
「うん」
「でも嫌な気分だけじゃなくていつか咲けばいいなぁって気持ちもする。色んな気持ちが混じっててもやもやするな、この花芽」
「詩人?」
「うるせえなぁ」
家の遠い彼は、久しぶりに現れた息子の友人に喜ぶ母のもてなしを受けて、一時間ほどで帰路についた。
「いじらしい」という言葉に思い至ったのは、春休みに入って二日目の夕食のカレーを食べていた時だった。
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