いつか約束が咲くとき

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 高校も最終学年に上がった少年に、クラスの離れてしまった友人は話す時間がある度に「咲いたか」と尋ねた。 「お前に聞かれるから観察してるけど、一向に咲く気配ないよ。靴の端っこは破れそうだし」 「え?」 「俺はつま先立ちして見なきゃいけねえんだよ。外靴の横のゴムの所なんかひびが入った」 「わりぃな」  そんなやり取りをしたのが葉桜の頃。  枝に変化が現れたのは、夏休みの補講の頃だった。  少し花芽が柔らかくなった気がするのだ。もしかしたら色がのぞくかもしれないというように。  校庭の花壇の水やりをしていた友人にそれを報告すると、じょうろをじゃぶじゃぶと揺らしながら「マイペースな奴」と笑った。 「この調子だと花が咲いたとしても何年も先だ」 「咲いたら教えろよ。見に行くからさ」 「何年もかかるぞ」 「何年後でも行くって」  少年は笑い混じりに言う友人の顔が見られなかった。 「桜の花なんて短いのにそんなの無理だ」  友人はすでにスポーツ推薦で進路が決まっていた。卒業後は九州に行くのだという。一日で帰って来られる距離なのは分かっているが、それでもたかが桜の花を見に、彼は帰ってくるだろうか。  何年もかかる内に、彼も自分もきっともっと離れていく予感がする。距離も、暮らしも、何もかも。  それに自分は、こんな小さな約束を何年も覚えていられるだろうか。 「分からんぞ。咲くのに何年もかかったんなら、咲く期間も長いかもな」  その言葉に、少年は少し離れたところにある桜の木を見上げた。  一輪だけ咲いた季節外れの桜の下に、大人になった少年がいる。  見ている自分は一人かもしれないし、隣に見知らぬ誰かがいるかもしれない。もしかしたらもっとずっと日焼けした彼が立っているかもしれない。 「なんか」 「うん?」 「いや、何でもないよ」  楽しみだなぁという声に、そうだね、とだけ答えた。  桜の葉が風でガサガサと揺れている。  少年は何だか寂しいような嬉しいような気持にたまらなくなって、うんと大きく背伸びをした。 End
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