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女が何かを思い出したような顔をして、口を開く。
「あ、桜ソング一つ思い出したよ。capsuleの『さくら』」
「まだ大文字表記になる前だし、デビュー当時の曲じゃねえか!」
「さすがよく知ってんじゃん」
「まだ電子音がゴリゴリになる前で、いわゆるJ -POPぽくて、むしろ逆に新鮮な」
「そう。逆に新鮮。こないだ高校を卒業したばかりの人と予備校でバッタリ会うこと並に、逆に新鮮だよね」
こいつ、笑ってんな。笑ってやがるわ。ふざけんな、この野郎。こっちも笑っちまったじゃねえか!
「capsuleの『さくら』は、これからもよろしく的な曲だよな」
「そうだよ。これからもよろしく」
そう言って、この女は微笑を浮かべるんだわ。微笑むなよ!4月の暖かい日差しの中で微笑むなよ!首をちょっと斜めにして目をやや細めるなよ!腹立つわー。
「しゃーねーな、よろしくしてやるわ!」
「うわぁ、うぜー」
お前がそう言ってまた声たてて笑うから、こっちもつられて笑っちまうだろうが、この野郎!
笑ってるこいつの口元に小さな花びらが飛んでくるわけよ。そこがまた、こう認めたくはないけど、絶対口に出したくなけど、たまらなく可愛いわけよ。
予備校の入口に咲いてる小さな桜の木から、わずかに残ったピンクの花びらが散ってきやがるわけよ。
桜の木は、もうほとんど緑の葉っぱなんだわ。太陽が緑を照らして、風が緑を揺らして、新しい季節の到来なんだわ。
新しい季節への期待感なんて全然ねえからな、この野郎!
(終)
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