おやすみなさい

1/1
前へ
/10ページ
次へ

おやすみなさい

私と佐貴子は、再び志田家を訪れた。 聖くんのママは相変わらずきれいだったけど、とてもやつれていた。 気丈に私達を真新しい仏壇の前に案内してくれる。 果物、花、お菓子が所せましと並ぶ中、聖くんの遺影は微笑んでいた。 ああ、セイの笑顔。はにかんだような、涼し気な、賢そうな笑顔。 涙があふれて遺影がかすむ。 ママが、私達の持って来た花を花瓶に活けて持ってきてくれる。 「聖のために、ありがとうございます。そちらの方は…」 F高とは違う制服を着ている私に尋ねる。 「私の友人で、山里かれんさんです。志田先輩が、家庭教師のような事をして 勉強を教えてくれていたので、連れて来たんです。 あ、もちろんお金は取ってないですよ、志田先輩。」 佐貴子が機転をきかせフォローしてくれる。 「そうだったんですか。まあ…あの子が」 私はハンカチで顔を覆ったままはい、はい、とうなづく。 じゃあ、と言ってママはどこかへ消え、本を数冊持って来た。 「聖の使っていた参考書です。どうぞ、持って行ってください。」 いたるところにアンダーライン、 体と同じほっそりした、でもしっかりした筆跡の書き込みがある参考書。 セイが現実世界でも精一杯生きていた証拠が詰まっている。 勉強はとてもついていけないけれど、 日時計の公園であなたと語り合ったことを思い出し、 あなたのことを思って一日を終えることにします。 参考書を胸に抱いてあなたの為に祈り、 枕の下に敷いて眠る。 せめて本当の夢にでも、一度でいい、出てきてほしいと願いながら。 おやすみなさい。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加