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「年がだいぶ離れたね」
「あなた犬だったから。そして先に死んだからね」
チクリと言われ胸が痛む。私は彼を一人にしてしまった。かわいそうなことをした。相手の死は地獄の苦しみだ。残されたものは愛するものの不在を呪い、じりじりと時間がすぎるのを待つしかすべはない。
あんな思いをさせてしまったかと思うと、胸が痛んだ。
蝶が、彼のうつむく頭にとまった。彼はそれに気づかず下を向いたままだ。ゆっくりゆっくり震えるように羽を上下するのを、私は見るともなしに見つめた。
そっと彼の手をひいて、バタフライケージの出口に向かう。二重のゲートとネットをぬけて、外に出る。
「あ」
美しい二つの生命が、ひらひらと戯れながら寒空に飛んでいく。注意していたはずが、一緒についてきてしまったのだ。
二人どうしようもなく、空を見上げた。こんな寒い雨の空に、どこへゆくというのだろうか。
「あ……、は、……あ……っ」
凍えるように寒いなか、私たちの一部は熱く息づいている。
最初、彼の指を温めたい一心だったのだ。
晴れた日なら子どもたちの笑い声で満ち溢れている小動物たちの広場、休憩所のわきの倉庫の裏の軒下で、私は彼の指を口に含み丹念に舐める。
私の身体の中で唯一温かさを分けることができるのは、口の中しかないのだから、こうするほかはなかった。
最初身体全体をこわばらせていた彼は、じきに私へ身体をゆだねる。舐められる指を切なそうに見つめる。そうだ、私は彼と出会い直してからまだ一度も彼の唇に触れていなかった。
少し温まった指を自分のコートの両のポケットにいれる。そうすると否が応でも身体が密着した。そのまま接吻した。
彼の唇は、乾燥し、皮がむけている。優しく舐めているうちに、彼の体温が上がっていくのがわかった。最初からそうすればよかったと、難解な問題のこたえを得た思いだ。
「こんなところで許しておくれ」
寒いのにごめんと謝りながら、なるべく最小限に、衣服をずらす。
私自身も、顔をださせて、控えめにすりつけあっているうちに、進退きわまる。
後ろを向かせると、許可も得ず無言で、立ったまま彼の中に入った。
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