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 爬虫類館はたくさんの種類のワニが水槽の中、平和に暮らしている。 「さっきの話、終わり?」  低くうなるモーターの音。外とは違ってむし暑い。とても太ったワニが一匹、目だけでこちらを見る。 「まだ続くよ」 「聞きたい」  彼の話によると、二人は自分たちの境遇をたいそう嘆き、強く願ったらしい。  どうか、次に生まれ変わるとしたら、動物に生まれますようにと。  ともかく人間に辟易していた。動物ならなんのしがらみもなくどこへでも行け、自由に愛し合えると信じた。博物館の神様は二人の思いを聞き入れた。 「博物館の神様?」  私が笑いながら聞き返すと、彼は得意げに言いきった。 「そう。博物館には神様がいるんだ。自分たちがしたことを少しは申し訳ないと思っていて、連れてこられたものたちの魂を救済する」  私は愉快な気持ちになった。 「で、何の動物になったの」 「二人は犬になった」 「犬」  私は想像をめぐらせる。 「散歩中に出会う。お互いに気づいて必死に吠えるけど、飼い主は知らん顔」 「それは……ひょっとしてリードでつながれてる?」 「その通り」 「ひどいじゃないか。自由を夢見たはずなのに」 「願いは具体的じゃないとだめなんだ。博物館の神様はそこまで完璧じゃないからね」  二匹の犬は一目でお互いに気づいた。しかしどうしようもなかった。運が良ければ散歩ですれ違うことができて、ふんふんとお互いの匂いを確認することができる。しかしそれ以上でも以下でもない。遠い昔からの運命の恋人同士だなんて、本人たち以外、いったいだれが気づくというのだろう。 「犬は……犬は失敗だったね」 「だから今度はやっぱり人間になりたいと願った。ただし、身分など関係のないとても自由な国、自由な時代に生まれたいと」 「今度は幸せになれる?」  私は心配になって聞いた。彼は首をすくめる。その反応に、次の人生もなかなかの試練が待ち受けているのだわかり、私は溜息をついた。  そんな私を彼が元気づけるように微笑みながら催促する。 「……ねえ、そろそろバタフライ・ケージに行かない?」  ワニとカメレオンと長い名前のトカゲに別れを告げて、また傘をさす。雨は先ほどより激しくなっている。先を行く彼のほっそりとした背中を見つめて歩く。彼は心なしかうきうきしているように見える。
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