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『この桜はソメイヨシノっていうんだ』
愛おしそうな響きに、目の前の花のすべてが、色あせて感じた。今までにない感覚に、戸惑いながらも、うん、とひとまず頷いた。
『だから?』
『ソメイヨシノは、日本中にあるだろう?』
『そうだね』
『でも……全部同じ遺伝子を持っている。接ぎ木で増やされて広がったから』
『同じ……DNA?』
『そう。でも……同じ花は咲かないんだよ。例え、同じ木であっても、ね』
『……』
『来年の桜と、今年の桜は、きっと違うんだ』
それは、別れの挨拶に似ていたと、後から悟った。
日を追うごとに、どんな流れで、何の話をして、いつ笑ったのか。すべてがどんどん曖昧になった。霧の中に隠された記憶が戻らなくても、それでも、桜の木だけは確かにあった。
今は、こうして鮮やかに思い出せたから。
だから、知りたくなった。
精霊では、嫌だった。幽霊なんて、もっと嫌だ。
ずっと凝っていた問いかけを、頭の中で再確認する。
「あなたは……」
「うん」
「あなたは……だれ? 同じ声がするけど、『あなた』は絶対、私を『おうり』とは呼ばなかった……呼べなかった、はず」
「……」
「同じだけど同じじゃない。同じ花は咲いてない、から?」
「……さあ。どうだろ」
かつて聞き慣れた言葉が返ってきたのは、手痛かった。
「真面目に答えてよ!」
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