9人が本棚に入れています
本棚に追加
風は花弁を散らし続ける。今年の桜は早かった。咲くのも散るのも、本当に早い。きっと明日か明後日には、散る花の方が多くなるに違いなかった。
機会は、今しかない。
がさり、と音がした。
枝が揺れる。大きく、見たことがないくらい。
「じゃあ、君は」
声が近かった。幻でもない。夢でもない。確かに現実だと突きつけてくれるほどに、明瞭だ。
「『俺』をいつまで、桜の精にしとくんだ」
「――」
声は、振り仰ぐ勇気をくれた。勢いよく花と、空と、塀の方へと体を向ける。
ざっと音がして、人の気配をはっきりと感じる。
手を伸ばしていた。脚は走り出していた。飛び上がって塀の上へと手をかけて、体をくっと持ち上げて。
その上にある白い手をつかんでいた。握りしめた手のひらは、確かに温かった。
「っと、うわ!」
バランスを、崩した。天地がひっくり返って、とっさに何かをつかんで体を支え……られずに落下した。
どん、と肩が地面ぶつかって、痛みが襲う。
「い、ったぁ……」
「だ……い、じょうぶか」
知った声が、慌てている。とても新鮮な響きだった。うん、と頷いてからゆっくりと体を起こした。
目の前にいたのは。
最初のコメントを投稿しよう!