桜詣

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☆  日はすでに西に傾き始めている。  今夜は雨は降りそうにないので、グランドシートにシュラフだけ。  ランタンを点し、小さなガスコンロで夕食を作った。  山火事は怖い。  ソーセージとベーコンを焼き、コーヒーで流し込む。  バンの上に焼いてトロリとしたチーズをのせて…。 「美味し!!」  桜姫様には、カップ酒と、桜餅(道明寺)を供えてある。  去年供えたカップ酒がなくなっているので、多分これでいいのだろう、と判断している。  桜餅の方は、狸か野犬か、野良猫あたりが喰っていったのだろうが…。  夕日が満開の山桜を紅く染めていく。  麓の桜は競い合うように咲き誇り、もうすでに散ってしまった。  でもここでは山を守るように、山の頂付近で凛と咲き誇っている。  大人の男性でも腕を回しきれないほど太い幹を抱きしめる。  耳を付けると、幹を流れる水の音が聞こえる。 「生きている…」  当たり前の話だけれど、植物も生きていることがわかる…。  日が落ちて、周りはすでに真っ暗。  ランタンの光の下、文庫本を読んで時間をつぶす。  桜姫様が姿を現すのは、午前零時過ぎ…。  うとうととしていたら、不意に人の気配を感じた。 「姫様?」 (こんばんは、坊。今日はどうしたの? また道に迷った?) 「いえ、姫様にご挨拶をと思いまして」 (はて、つい最近、ご挨拶を受けたけれど?) 「いえ、それはもう一年も前のこと…」 (あら、そうなの? 時の経つのは早いのねぇ) 「人の世は、姫様のいらっしゃる世界とは時間の流れが違いますゆえ」 (そうねえ。幼かった童が、いつの間にか立派な美丈夫となって…)  特に話すことがある訳でもない。  ランタンの揺れる光のもと、山桜の幹にもたれかかり、とりとめのない世間話。  姫様はちょこんと隣に座り、楽しげに僕の話を聞いている。 (私は、ここから動くことができないので、坊のお話はとても楽しみだわ)  ニコニコと笑うその顔は、あどけなく、そして、とても美しい。
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